翌日、忍坂姫(おしさかのひめ)はいよいよ雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)がいる磐余稚桜宮に向かう事になった。
とは言っても歩いてそれ程離れていない距離の為、道のりはさほど大変ではないと思った。

見送りには稚野毛皇子(わかぬけのおうじ)百師木姫(ももしきのひめ)夫婦、使用人数名が来ていて、忍坂姫は使用人の衣奈津(いなつ)と、従事者の男2人で向かう事になった。

「忍坂姫、では雄朝津間皇子にくれぐれも失礼のないようにするのだぞ」

娘の婚姻がかかっているとは言え、年頃の娘を持つ親としては、やはり心配もしていた。

「そうですよ。同じ皇族の者として、しっかりとした振る舞いを忘れずに。あなたは息長にいた期間が長いから、余りお転婆な事は慎みなさいね」

母の百師木姫も、夫の稚野毛皇子と同じ心境だった。雄朝津間皇子に何かあったとなれば、それは大王も知る事になる。

今の大王は、皇子時代に実の兄を謀反があったとはいえ、その兄の暗殺もしている。その時はとても残忍な皇子と思われていた。
だがそんな瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)も、今は割と温厚だ。

「お父様、お母様、そんなに心配なさらなくても大丈夫です。私だってそれぐらいの分別はあります。
仮にもし何かあったら、直ぐに連絡もしますから」

忍坂姫はそんな心配性な親達も見て、少しため息をついた。自分はそんなに頼りないと思われてるのかと。
そもそもこの婚姻を勧めてきたのは、自分達だろうに。

(はぁー、何か気落ちしそう)

それでも自分をここまで心配してくれている親だ。その気持ちは本当に有り難い。

「稚野毛皇子、百師木姫様、私衣奈津が責任を持って雄朝津間皇子の元に送り届けます。どうぞご安心下さい」

衣奈津が横から皇子夫婦に言った。彼女は忍坂姫を雄朝津間皇子の宮まで送り届ける事になっている。

「では、そろそろ行きますね」

今回の移動は距離が近いので、もっぱら徒歩で向かう事になっていた。

こうして、忍坂姫は雄朝津間皇子のいる宮に向かう事になった。