雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)はそう言うと、ふと彼女の横に置いてある鏡が目に入った。
これは恐らく不思議の光景が映っていたあの鏡であろう。

「あ、そうそう。その鏡の事も聞きたかったんだよね。忍坂姫(おしさかのひめ)はその鏡が普通の鏡じゃない事を知っていたんだろ?」

皇子はひょいっと手を伸ばして、その鏡を手に持ってみた。だが今は特に変わった感じには見られなかった。

「前回の嵯多彦(さたひこ)の襲撃の時、部屋でこの鏡に君や大王の后が映っていた。それで不安になって、あの小高い丘に行ったんだよ」

(やっぱりあの時、雄朝津間皇子はこの鏡を見たんだ)

忍坂姫は皇子にそう言われたので、この鏡のこれまでの経緯を彼に話した。

彼も少し驚きはしたが、それでも彼女の話しを横で真剣に聞いていた。

「なる程ね、ここ1ヶ月の君の行動の理由が分かったよ。全てはこの鏡が教えてくれていたんだ。
もしかすると、この鏡は元々儀式か何かで使われていたのかも知れないね」

彼はそう言って鏡を彼女に返した。どうもこの鏡を取り上げるつもりは彼には無いらしい。

「ただそれ以降は、特に変わった光景は映ってません」

「ふぅーん、何とも気まぐれな鏡だね。でも前回はその鏡がなかったら、本当に大変な事になっていたよ」

忍坂姫と皇子は、この鏡が何なのかは結局の所良く分からない。

「とりあえず、それは君が母親から貰った物なんだろう?であれば大事に持っていたら良いと思う。別に君に害が出るものでもないし」

皇子にそう言われ、彼女もそれもそうだと思った。もしかすると今後またこの鏡に不思議な光景が映る事が起こるかもしれない。

「これは見えない物を映す鏡って、お母様が言ってました。きっと自分達ではどうする事も出来ない時に、また教えてくれるのかも知れないわ」

忍坂姫はそう思いながら、鏡をまた自分の横に置いた。

「俺も何となく、そう思うよ。親から子に受け継がれている物だから、またこの鏡を必要とする日が来るんだろう」

雄朝津間皇子も、何となくそんな気がした。