その頃、自分の宮に戻っていた忍坂姫(おしさかのひめ)は、久々に宮から少し行った所にある草原に来ていた。

「それにしても、まさかこんなに早く次の相手が紹介されて、トントン拍子で婚姻にまで進むとは思ってもみなかったわ」

彼女は先日その相手の男性と会っていた。葛城の皇子で、自分よりも5歳程年上の人だった。性格もとても温厚そうな人で、妻も私1人で構わないと言ってくれた。

彼女自身、彼の事が好きかはまだ良く分からない。でもとても優しそうな人だったのと、両親もこれで安心出来るととても喜んでいた。

そしてふと彼女は部屋から持って来たあの不思議な鏡を手に持って見た。こっちに戻って来てから、この鏡には何も不思議な光景が写る事はなかった。

「鏡に何も映らないと言う事は、きっとその必要性が今は無いって事なんでしょうね」

すると少し離れた所から人の声がした。

「何だ、こんな所にいたのか」

忍坂姫は慌てて鏡を横に置いて、それからその声の主の方を見た。

(な、何で彼がここにいるの)

そこには、本来いるはずのないあの人物が立っていた。

「お、雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)。何で皇子がここに来てるんですか?」

忍坂姫はいきなりの彼の登場に、かなり動揺した。でも皇子を前にして逃げる訳にも行かず、そのままその場で固まった。

すると彼はそのまま彼女の傍まで来て、彼女の横に腰を降ろして座った。

「へぇー、ここは君のお気に入りの場所?ここで昼寝とかしたらさぞ気持ち良いんだろうね」

彼はふと、そんなふうに思って言った。

「はい、私もうっかりここで寝た事は何度かあります」

それを聞いて皇子はやっぱりそうだろうなと思った。この姫なら普通にありえそうだ。

「多分、君ならそう言うと思ったよ」

雄朝津間皇子は少し笑いながら言った。
そして2人は、しばしそこからの景色を眺めていた。

そして暫くしてから皇子が話し出した。

「君はいつも、どちらかと言うと先に行動に出る感じだなとは思っていたけど、流石に今回は驚かされたよ。
宮に戻ったら君がいなくなっていて、それで宮の者に聞いたら、1ヶ月を待たずに自分の宮に戻ったって言うんだからさ」

皇子は少し拗ねたような感じで言った。

それを聞いた忍坂姫は、やっぱり何の挨拶も無しに宮を出ていった事に、彼は怒っているんだなと思った。まあ普通ならそう考えて当たり前だろう。

「雄朝津間皇子、その件については本当に済みませんでした。婚姻の事が無くなり、何か顔を会わせずらくなって……」

忍坂姫は思わず下を向いてしまった。まさか彼がここまで会いに来るとは思ってもみなかったのだ。

「まぁ、その理由は大王から全部聞いているよ。それにそうするよう指示したのは大王みたいだったから。お陰で今回は久々に、他の事も含めてだけど大王相手に怒鳴り散らしたよ」

(え!あの後そんな事になっていたの。それは知らなかった...皇子だけでなく大王に対しても本当に申し訳ないわ)

「それは本当に済みませんでした。その後大王との関係は問題ないでしょうか?」

先の大王が即位前に弟皇子の謀反にあったりもしていたので、皇族同士の言い争いは笑い事では済まされない。

「あぁ、その点は特に問題ない。単なる兄弟喧嘩のようなものだから。君は心配しなくて良い」