「とりあえず、俺が聞いているのはここまでだ」

瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)は彼にそう答えた。

「結局、彼女がどうして俺との婚姻を無かった事にしたかったかは、いまいち分からないままだ」

これは本人に聞かないと流石に分からない。だがこんな話しを聞いたあとだ。
今は自分と会いたくないと思っているかもしれない。


「あ、そうそう。それともう一つ話しがあって。彼女の親もやはり今回の事はひどく残念がっていた。
なので俺も責任を感じて、葛城(かつらぎ)筋の皇子を1人勧めてみたんだ。相手は彼女より確か5、6歳年上でとても温厚な方だったのでね。そしたらそこからトントン拍子で話しが進んだらしく、彼女とその皇子の婚姻が決まったそうだ」

それを聞いた雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)は、余りの事にわなわなと怒りが込み上げて来た。

「はぁー!!兄上、一体なんて事をしたんだよ!!!」

雄朝津間皇子は、その場でかなり大きな声で叫んだ。

(もうこの兄とは兄弟の縁を切りたい。ふと彼はそんな事まで思いたくなってくる)

「元々、お前と忍坂姫(おしさかのひめ)の婚姻に強制力は無い。だから忍坂姫が断った時点でこの婚姻は無効になる。
だが今のお前の感じを見ていると、どうもお前は婚姻を無効にしたく無かったように見える。そこら辺はどうなんだ?」

雄朝津間皇子は、大王にはっきりと言われてしまい、一瞬言葉に詰まった。

彼女の事をどう思っているかなんて、そんなのはとっくに分かっている。

「あぁ、兄上の言う通りだよ。俺はこの婚姻の無効には納得していない。
でも何で彼女の意思を聞いた後に、俺に確認しなかったんだよ!!
普通は俺の意見を聞いてから、婚姻を無効にするかどうか決めるんじゃないのか!!!」

ここまで来ると彼の怒りは中々収まりようがなさそうだ。

「それは確かに俺も悪かった。だがあんなに泣きながら彼女に必死で訴えられたら、どうする事も出来なかったんだ……」

彼もそれを聞いて、とりあえず今は一旦冷静になろうと思った。
彼女が他の豪族との婚姻が決まったのは、恐らく事実なのだろうから。

「分かった。じゃあ、こうしよう。俺がこれから忍坂姫の所に行って彼女を説得してみる。それで彼女が了承したら、兄上は責任取ってその豪族の皇子との婚姻を無かった事にしろ。出来るよな?」

雄朝津間皇子は兄である瑞歯別大王を思いっきり睨んだ。

そんな弟皇子を見た大王は、少しニヤニヤしながら言った。

「あぁ、良いだろう。忍坂姫が了承するなら、葛城の方には俺から説明する。ちなみに忍坂姫から了承を貰うのは、お前との婚姻の事で良いんだな」

それを聞いた彼自身も、ついに覚悟を決めた。

「あぁ、それ以外に彼女に了承してもらう事なんかないだろう」

彼もここまで来たら、もう後には引けなくなった。こうなったら何が何でも彼女から婚姻の承諾を貰ってやると。


(あのお転婆娘め、覚悟しておけ!!)