佐由良(さゆら)瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)が最初に出会った丘の上での再会から、6年が経過していた。

佐由良は瑞歯別皇子の妃となり、2人の間には1人の姫が生まれていた。
その姫は阿佐津姫(あさつひめ)と名付けられ、今年で4歳になる。

「見て、お父さま。あそこに鳥が止まってるわ」

「あぁ、そうだな。もうすぐ春だから、きっとまた沢山見られるさ」

父親である瑞歯別皇子は、娘を抱き上げたまま、一緒にその鳥を眺めていた。

「阿佐津姫、お父様はこれから大王の所に行かないといけないから、それぐらいにしなさい」

彼女の母親の佐由良が横から声を掛けた。

「お父さま、もう行っちゃうの?」

阿佐津姫はシュンとした。

「悪いな。どうも大王の体調が優れないらしく、稚田彦(わかたひこ)とちょっと行ってくるよ」

先日大王の家臣達から、瑞歯別皇子の元に連絡が来ていた。
最近何かの病にでもかかっているのか、大王は酷い頭痛と体の怠さが消えず、部屋の中で寝ている事が多いとの事だった。


皇子はそんな娘の頭を撫でてやってから、そのまま佐由良に渡した。

「さぁ、阿佐津姫。お母さまと一緒に待ってましょう」

それを聞いた阿佐津姫「はーい」と答えた。

そんな親子水入らずで話している丁度その時、その場に稚田彦がやって来た。

「瑞歯別皇子、お待たせして申し訳ありません」

「あぁ、稚田彦。来たか」

彼はそばに来るなり、皇子の横にいた佐由良と阿佐津姫にも挨拶をした。

「佐由良様、阿佐津姫、どうもご無沙汰してます」

「稚田彦もお元気そうね」

佐由良が彼ににっこりと言った。

ただ彼女の腕の中にいる阿佐津姫はキョトンとしていた。

それから稚田彦は、皇子達親子をとても興味深く見てから言った。

「それにしても、阿佐津姫もすっかり皇子に懐かれましたね。姫が産まれた時なんか、皇子が抱く度に大泣きでしたから」

「本当そうだったわ。それに引き換え、伊莒弗(いこふつ)のお父様が抱くととても喜んでいたのよね」

そう言うと佐由良はクスクスと笑いだした。

「おい、佐由良。もうその話しはよせ」

瑞歯別皇子は、当時娘に余りに嫌がられていたので、非常に気にしていた。