そして蝦夷(えみし)はすぐさま小墾田宮(おはりだのみや)にもどり、今回のことを皆に説明する。

 それをきいた炊屋姫(かしきやひめ)は余りのことに、その場で倒れそうになった。

 また糠手姫皇女(ぬかでひめのひめみこ)がらみでもあったので、厩戸皇子(うまやどのみこ)蘇我馬子(そがのうまこ)達にも知らされることとなる。

 そして椋毘登(くらひと)にもその話がいき、彼も馬子について、すぐさま小墾田宮にやってきた。

 椋毘登は蝦夷の前までくると、彼に対して怒りを爆発させた。

「蝦夷、お前は一体どういうつもりだ!稚沙(ちさ)を見捨てて、良くのこのこと帰ってこられたなー!!」

「お、俺だって、嫌だったさ。だが相手は何人もいて、下手に戦えば俺が殺られるだけで、どのみち状況は何も変わらなかったんだ」

 だがそんなことは、今の椋毘登にはどうでも良かった。

「そんなこと、知ったことかー!!!」

 椋毘登は怒りにまかせて、その場で蝦夷を思いっきり殴り飛ばした。日頃から刀で鍛えている彼だ。腕の方もそれなりに強い。

 そのまま飛ばされてしまった蝦夷は、ゆらゆらと立ち上がるも、鼻から少し血が流れていた。
 だがこれも2人が従兄弟同士だから、できることでもある。

「とりあえず、今はここで2人が言い合いをしていてもどうしようもない。それにその連中達の本当の狙いは、糠手姫皇女なのだろう?いつやつらが、稚沙が皇女じゃないことに気付くかも分からない……」

 厩戸皇子は冷静にしてそう答える。

 そして彼はそのまま糠手皇女姫の前にやってきた。

「糠手姫皇女、お願いだ。何か相手側の情報になるようなことは聞いてないか?」

 厩戸皇子にそういわれた彼女は、ふとさきほどの出来事を思い返してみる。

「あ、そういえば。その男の人達の主犯的な青年が躬市日(みしび)って呼ばれてました」

「うーん、躬市日か……聞いたことがないな」

 厩戸皇子は、どうしたものかと頭を悩ませる。そもそも今回の悪事を働くような人間を彼が知るよしもなかった。

 だがそれを聞いた椋毘登は、その人物の名にひどく驚き、声を上げる

「な、なんだって、躬市日だと!!」

「なに?椋毘登、その躬市日って者を君は知っているのか?」

 厩戸皇子は思わず椋毘登の方を見る。

「はい、私の知ってる人物に躬市日っていう名前の者がいます。でも彼はもう生きてはいないはず……」

 そういって椋毘登はとても気が動転したのか、動揺を隠せずにいる。

(一体どうなっているんだ、あいつは確かあの時に……)

「椋毘登その者は、一体何者なのだ?」

「はい、そいつは物部(もののべ)の者で、あの物部守屋(もののべのもりや)の息子です」

「何、守屋の息子だと!!やつの息子は殺されるか流罪になっていたはずだ。それに躬市日なんて名前の息子は、今まで聞いたことがない」

 蘇我馬子もそれを聞いてとても驚く。実際に物部守屋に戦いを仕掛けて殺害したのは、彼だった。

「えぇ、躬市日は確かに物部守屋の息子ではあったのですが、彼が出来心で手を出した身分の低い女性との子供です。なので物部の一族としては認めて貰えてませんでした」

 それを聞いた蘇我馬子は、ふと何か考え出した。

「うん、そういえば何年か前に、物部の生き残りの少数が私に戦いを仕掛けてきたことがあった。たしかあの時に、1人子供もいたような気がする。もしかしてあの時の子供が?」