稚沙(ちさ)はそんな糠手姫皇女(ぬかでひめのひめみこ)の話を聞いて、衝動的に彼女に自分の気持ちを打ち明けようとした。

「あ、糠手姫皇女、実は私……」

 だがそんな時である。急に知らない男性の声がした。

「おい、お前達。糠手姫皇女はどっちの娘だ?」

 すると稚沙達の前に、いきなり数名の男達が現れた。

「あ、あなた達は一体何者なの!」

 稚沙はとっさに声を上げて、叫んだ。

「そんなこと、ここでいう必要はない。先ほどここにいた男の口から、糠手姫皇女の名前が出ていたから、お前達のどちらかが皇女なんだろ?であれば、大人しく皇女を差し出せ!!」

(どうしよう、こいつらの狙いは糠手姫皇女みたいだけど、私達どちらが皇女かは分からないみたい……)

 また小川で水を汲んでいた蝦夷(えみし)も、その男達に気が付き、慌てて稚沙達の元へと走ってきた。

「お前達、何をやってるんだ!!」

 だが稚沙達は既に男達に囲まれている。その為に、蝦夷はその連中に斬りかかりに行くことが出来ない。

「糠手姫皇女は私です。だからどうか他の人には危害を加えないで!」

 稚沙はとっさに糠手姫皇女の身代わりに出ることにした。

 それを聞いた蝦夷は、余りのことに言葉を失った。

「お、お前、何てことを……」

「蝦夷、私は大丈夫だから、彼女と一緒に逃げてちょうだい!」

「ば、ばかいうな!お前を置いて、逃げれる訳ないだろう!!」

 蝦夷は尚も刀を握っている。だが彼の実力では、1人でこの連中を倒すことは中々難しい。

「何、蝦夷だと。お前はあの蘇我蝦夷か?」

 すると1人の青年が前に出てきた。見た目からするとわりと若いようで、おそらく16、17歳ぐらいだろう。

「あぁ、そうだ」

「へぇー、まさか蘇我蝦夷が一緒だったのは意外だったな」

 その青年はひどく興味深そうにしながら、彼を見る。

 だが別の男が、急にその青年に声をかけた。

「おい、躬市日(みしび)。ここは早くひきはらった方が良くないか?もたもたして誰かに見つかったら厄介だ」

 それを聞いた躬市日という青年は「ちっ、仕方ない」といって、稚沙にこっちにくるよう、手で合図をする。

 すると稚沙は男達の前に出ていき、大人しく捕まることにした。

「蝦夷、お願い。ここは引いてちょうだい。今はこうするしかないの……」

 蝦夷は稚沙にそういわれて、悔しさのあまり、その場に刀を叩きつけた。

(くそ!今の俺にはどうすることもできない!!)


 こうして躬市日達は、稚沙を連れてその場を去っていった。