「ところで椋毘登(くらひと)は、私を送ったあとは斑鳩宮(いかるがのみや)に行くのよね?」

「あぁ、そうだ。今回は叔父上や蝦夷(えみし)の都合が悪かったんでね。まぁ、そこまで重要な内容ではないのと、厩戸皇子(うまやどのみこ)もたまには俺とゆっくり話がしたいそうだ」

 稚沙はそれを聞いて、厩戸皇子が椋毘登に興味を持っていることが、少し意外に思えた。

「厩戸皇子が、椋毘登に興味を持つなんて、本当に意外だわ」

 皇子は元々敵味方に関係なく、相手が誰であろうと、対等に接してくれる。だがそんな彼が、まだ位も持ってない彼にどうしてそこまで興味を抱くのだろうか。

(今度厩戸皇子に聞いてみようかしら……)

 椋毘登は、急に厩戸皇子のことを考え出したであろ稚沙を見て、ふと口にした。

「まぁ、お前は厩戸皇子が好きだったもんな。でもお前もそれなりに皇子に気にかけて貰えてるんじゃないのか?」

 それを聞いた稚沙は、少し部が悪くなってしまい、思わず黙り込んでしまった。

「あぁ、悪い。お前の前で厩戸皇子の話は変に出すべきじゃなかったな」

 そういって彼は、少しため息をついた。
 どうやら彼的には、稚沙が前回厩戸皇子と一緒に星が見れなかったことを、今でも気にしてると思ってるのだろう。

「いえ、そうじゃなくて……そのことなんだけど」

「うん、なんだ?」

 稚沙はこのことを椋毘登に話すべきかと、少し迷った。だが最近の彼は割りと自分に優しく接してくれる。であれば話してみても良いかもしれない。

「実は私ね、厩戸皇子のことは諦めることにしたの」

 彼女は少し小さい声でそれだけ彼に話した。

「はぁ、諦めた!?」

 椋毘登もこれはちょっと意外に思えたようで、その場で思わず声を上げて叫んだ。

 稚沙はそんな様子の椋毘登を見て、さらにいいにくそうにしながら彼に話す。

「やっぱり、いつまでも実りのない恋を続けるのも虚しいし、厩戸皇子にもこれ以上迷惑をかけたくない。それに1日も早く立派な女官に、私もなりたいから」

 彼女にとって立派な女官になるのは、恋とは別に大事な目標だ。この際、しばらくは仕事に打ち込むのも悪くはないと思う。

「うーん、まぁ、お前らしい気もするが。でもそれじゃ、生涯ずっと独身のまま女官を続けるつもりなのか?」

(え、一生独身のまま?)

「え、えぇーと。さすがに一生独身って訳にも。時期がくればどこかの人の元に嫁ぎたいとは思ってる……それに女官は別に独身じゃなくても続けられるし」

 稚沙も仮にも豪族の娘である。そのためずっと独身のままという訳にはいかないだろう。そんなことになれば、彼女の親もさぞ心配するはずだ。

「でも、お前を嫁に貰いたいなんて男、この先現れるのか?」

 椋毘登のその発言を聞いて、稚沙もさすがに腹を立てる。

「し、失礼ねー!!これでも私、平群の額田筋の娘よ。いざとなれば親がどこからか見つけてくれるはずだわ!ただ女官として一人前になるのは前々からの夢だったから……」

(何で、椋毘登に嫁ぎ先の心配をされないといけないのよ!)

 ただ彼女の場合、異性から好意を持たれたことがないのも事実だ。それなら相手は、やはり親の決めた相手になるのだろうか。

 稚沙は椋毘登の言葉に、しどろもどろして、その後すっかり落ち込んでしまった。