稚沙(ちさ)椋毘登(くらひと)は、この小屋の中でやっとくつろぐことが出来た。雨が酷いため、恐らく明日の朝まで止むことはないだろう。

 またこの家の人達からの好意で、簡単な着替え用の服も用意してもらえた。とりあえずこれで、ずぶ濡れの状態からは解放された。

「ここの人達は、元々少し顔見知りだったので本当に助かった。明日家についたら、家族にお願いして、何かお礼をしてもらうようにする」

 稚沙は濡れた髪を拭きながら、隣にいる椋毘登にそう説明した。

 ここからしばらく馬で走らせた所に、稚沙の実家の家がある。

 元々今回は、稚沙の里帰りの為に少し寄り道をしたのが原因である。であれば、やはり自分がお礼をするのが無難だと、彼女は考えた。

 だが稚沙が隣の椋毘登にそう話を振っても、彼は何故か何も言葉を発しようとはしない。

(椋毘登、もしかして疲れて眠ったの?)

 稚沙は思わず、椋毘登の肩を軽く揺すってみる。だがそれでも彼の反応は全く返ってこない。

「椋毘登、どうしたの、やっぱり疲れて眠い?」

 すると微かに椋毘登の体が動いた。どうやら完全に眠りについた訳ではなさそうだ。

(一体どうしちゃったんだろう?)

 稚沙がまじまじと椋毘登の顔を眺めてみる。

 すると彼は酷くしんどそうな表情をしていた。

「椋毘登……?」

 稚沙はとっさに椋毘登の額に手を当ててみる。すると彼の額は酷く熱を持っていた。

「す、凄く熱い。椋毘登、あなたまさか熱があるの!」

 どうやら彼はこの雨に打たれたせいで、熱が出てしまったようだ。

「べ、別にちょっと体がだるいだけだ。少し横になってれば、そのうち良くなる……」

 椋毘登はそういうと、思わず稚沙の肩に垂れ掛かってきた。そして息を「ぜーはーぜーはー」と吐いている。

「もう、何よ。全然たいしたことなんかじゃないじゃない!」

 稚沙は慌てて、彼を自身の膝に乗せてやった。そして彼の顔や首もとを手で振れてみる。どうやら汗も出てきているようだ。

「ここにくる途中から多少しんどさはあった。だが雨が降りだしたから、馬を走らせることを優先させたんだ。お前まで風邪を引かせる訳にはいかなかったから」

 つまり彼は、自身よりも稚沙のことを優先させて、少し無理をしたようだ。

(この分だと、また熱が上がってくるかもしれない)

「椋毘登ったら、何でそんな所で意地をはるのよ!」

 稚沙は少し怒った口調で彼にいった。
 彼がこんなに悪くなるまで、自分のために無理なんてさせたくはなかった。

「ああ、それは確かに悪かった。お前のことを優先したかったために……だがその結果がこの有り様だな」

 彼は尚もしんどそうにしている。

(ここは一刻も早く対処しないと。とりあえずここの人達に事情を話して、協力してもらおう!)

「まずは頭を冷やさないと。ねえ、椋毘登。ちょっとこの家の人達に聞いてくるから、少し横になって待っててね!」

 稚沙はそういうと、彼をゆっくりとその場に寝かせた。

 そして彼女は、そのまま急いでこの家の人達の元へと向かった。