そんな彼の様子をみて、稚沙(ちさ)は今自分が思ってることを、彼にうち明けてみたくなった。

「実は今日の厩戸皇子(うまやどのみこ)をみて、私もそろそろ覚悟を決めなければと思いました」

 今日の厩戸皇子とは、恐らく先ほどまで行われていた宴の席での会話のことだろう。

「え、覚悟?」

 小野妹子(おののいもこ)は一体何の覚悟だろうと、思わず稚沙の顔を見る。

 稚沙はそんな彼の表情を見たのち、一呼吸おいてから話した。

「はい、実は私。厩戸皇子のことをきっぱり諦めることにしました。このまま思い続けていても辛いだけだし、何より皇子に迷惑をかけてしまう……」

 稚沙の脳裏に、以前に厩戸皇子と星を見に行く約束をしたときの記憶が浮かんだ。

(もう彼にあんな迷惑をかけたくない……)

 それに相手は大和の皇子で、既に何人もの妃を娶っている。そんな中にもし自分が入ったとしても、どれ程大事にしてもらえるかも分からない。
 それに出来ることなら、自分1人を大切にして貰える人を選びたい。


 それを聞いた小野妹子も、彼女の決心はきっと本当なのだろうと感じた。

「なるほど、それがあなたの決心なのですね……」

 小野妹子はそういうと、しばらく無言を続ける。彼は頭の中で少し考えを巡らせているようだ。

 そして暫くしてからのち、再度彼は話しだした。

「これは、私が個人的に思うことなのですが。あなたと皇子はそういう縁ではきっとなかったのだと思います」

「え、縁ですか?」

 小野妹子から突然そんな言葉が出て、稚沙は少し驚いた表情をした。

「はい、そうです。人と人は見えない縁で繋がっているのです。例えば前世で夫婦や家族、兄弟だった人同士は、今世でも近い存在になる。
 そうやって人は、生まれ変わり死に変わりして、またその同じ相手と巡り会うのです」

「そ、そんな話初めて聞きました……」

 彼のいう話が本当なら、自分と厩戸皇子はそういう縁同士ではなかったということだ。

「恐らく、あなたが求めている人はきっと他にいるのでしょう。それこそ前世からの記憶を自身の魂に宿して」

「前世からの記憶を自身の魂に宿す?でも私、生まれる前のことなんて覚えてないです」

 もし前世の記憶なんてものがあれば、最初からその相手を探せるはずだ。

「えぇ、私達は前世のことなんて全く覚えてません。でも私達の魂にはその記憶は刻まれているのですよ。そして前世の縁によって、きっとあなたもいずれ出会うはずです。あなたの運命の相手に……」

 稚沙は小野妹子の話しにとても衝撃を受けたものの、何となくしっくりくる感じがした。

(私の相手は別にいる。それも前世からの記憶を巡って、今もきっとその人を探しているんだ)