「やっぱり、こういう場って本当に忙しい……」

 小墾田宮(おはりだのみや)の女官である稚沙(ちさ)も、今日は裴世清(はいせいせい)達客人の、宴の手伝いに回されていた。

 とはいっても、直接客人の接待をする訳ではなく、あくまで配膳関係の手伝いのみである。

 食事の出し終わりが終わると、それを片付けながら、お酒とつまみを持っていく。

 元々仕事で失敗の多い彼女だけに、些細なことで失敗しないよう、割と慎重に仕事をこなしていた。

 そんな時である。彼女がお酒の入った土器を持って移動していると、急に目の前に人が現れた。

「よぉ!稚沙じゃないか!」

 稚沙は急に人が現れたため、危うくお酒の入った土器を落としそうになった。

(ま、まずい!!)

 彼女は慌てて土器を両手でしっかりと持ち直し、何とかお酒を落とさずにすんだ。

「一体誰が……って、あなた蝦夷(えみし)!」

 稚沙の前に立っていたのは、あの蘇我馬子(そがのうまこ)の息子である蝦夷だった。

「いや、急に出てきて悪い。なにぶん稚沙の姿を見かけたから、ちょっと話しかけようと思って」

 蝦夷はニコニコしながら彼女にそう答える。やはり彼はとても人懐っこい人のようだ。

(でも、相手が蝦夷で良かったわ。 もしもっと気難しい人だったら、どんなお叱りを受けるか分かったもんじゃない……)

「蝦夷、どうもご無沙汰ね。それに相変わらずとても元気そうだわ」

「あぁ、俺も稚沙とはまた会いたいと思っていた。ただ今日は俺も客人の相手で忙しくて。そんな矢先にお前が目の前に現れたんで、慌ててやってきたんだ」

 それを聞いた稚沙は思わず目を丸くした。彼は蘇我馬子の息子なので、客人の対応を任されるのは、いように想像がつく。

 でもだからといって、自分を見つけて会いにきてくれたのは、ちょっと意外に思えた。

「でもそれなら、早く客人の元に戻らないと駄目なんじゃない?私に会いに来てくれたのは、嬉しいけど……」

 ふとその時、彼女の脳裏には椋毘登(くらひと)のことが浮かんだ。彼は自分と蝦夷が仲良くすることを良く思っていない。

(でも会話ぐらいは良いといっていたし、それに蝦夷の方から話かけて来たんだもの。今回は仕方ないわね)

「そうなんだよ!俺ももう少し稚沙と話がしたかったんだが、今回はどうしようもない……」

 彼はそういうと、とても残念そうな態度を稚沙に見せる。

( 蝦夷って本当に面白い人よね。そんなあからさまに残念がらなくても良いのに)

 だがそんな彼の態度がどうも可笑しくなってしまい、稚沙は思わずクスクスと笑い出してしまった。

「蝦夷、本当にごめんなさい。今度また小墾田宮に来られた際にお話しましょう」

 彼女は笑顔で蝦夷にそういった。ここまで自分に会えたことを喜んでくれているのだ、それぐらいは問題ないだろう。

「それは本当か!じゃあ次回小墾田宮を訪れた際に、稚沙の元に寄ることにするよ!」

 蝦夷はとても嬉しそうにしながら、そう彼女に答えた。

 だが、そうこうしていると「蝦夷殿ー!」と誰かが彼を呼ぶ声がする。どうやら宮人が彼を探しにきたようだ。

「あぁ、ここにいる。ったく、仕方ないな。じゃあ稚沙また!」

 彼はそういって、そのまま彼を呼びにきた者の所へと戻っていった。


 そんな彼を見送ったのち「さて、私も仕事に戻らないと!」といって彼女もその場を離れていった。