「私馬に乗ったのは、実家にいた頃以来なんです!やっぱり気持ち良いですね!」

 稚沙(ちさ)はとても嬉しそうにして彼にそう話した。彼女の実家がある地域では、沢山の馬を見ることが出来る。さらにここから西に向かっていくと、生駒山も見えるだろう。

「そうか、それは良かったよ。今日は天気も良いからさぞ気持ち良いだろうと思ってね。それに、こいつも気分が良さそうだ!」

 蝦夷(えみし)はそういって、自分達が乗っている馬を見る。先程の暴れようとは打って変わって、とても機嫌が良さそうだ。

「しかし椋毘登(くらひと)のやつ、女の子に対してあんないい方しなくても良いだろうに。あいつ人前では愛想が良いのに、君には割りと素だったな……」

(確かに彼はそんな感じがする。古麻(こま)の時もそんな感じだったし)

「まぁ、私は最初彼に疑われるようなことをしてしまったので、それが原因かのかもしれません」

「疑われるようなこと?」

 今日稚沙と初対面である蝦夷は、事の経緯を全く知らない。なので一体何の事だろうと、彼はふと不思議そうな表情をする。

 だが稚沙はそんな彼を見て、これまでの事を話しても大丈夫かもしれないと思った。
 そこで彼女は、蝦夷に自身と椋毘登の出会いから今日までの経緯を順を追って説明する事にした。


 蝦夷も稚沙の話す内容には、さすがにに驚いたようである。だが話の最後の方なると、思わず吹き出して笑いだしてしまった。

「なるほどね。君と椋毘登は何かと鉢合わせの場が悪かったんだろう。まぁちょっと気になっただけだから、別に気にしなくて良いよ」

 それからさらにしばらく走った後、彼らは馬を少し休ませることにする。
 そして2人は馬を木に繋げると、その側に並んで座った。

 今は春先だが、ふわりとなびいてくる風がとても心地良く感じられる。そしてうららかな日差しの元では、ツツジやイノバラなどの、春の花が徐々に咲き初めていた。

「こんな穏やかな日は久々ね。最近は本当に大変なことばかりだったから」

「まぁ、ここにくるまでに聞いた話の限りだと、そんな感じがするな」

 蝦夷は彼女にそういうと、そのまま後ろに倒れて寝そべってしまった。何とも彼は気持ち良さそうである。

「えっと、蝦夷殿……じゃなかった蝦夷は、今日は小墾田宮(おはりだのみや)に用事があってきたのでしょう?」

 彼は椋毘登よりも少し年上だが、何故か普通に話ができる感じだ。それぐらい彼は、とても気さくな性格のように思える。

「あぁ、宮の人間に用事があってね。ただそれも終わって、今は椋毘登の仕事が終わるのを待っている。今日はあいつと一緒に帰ろうかと思ってね」

「まぁ、それで馬を走らせることにしたのね」

 稚沙もさすがに彼が、小墾田宮に遊びにきているとは思っていない。また彼がこの小墾田宮に出入りするようになったのも、恐らくここ数年ぐらい前からであろう。

「そういうことだ。でもそのお陰で君にも会えた訳だし。まぁ、それなりに得はしたかな」

(それは馬が暴れだした件があったから?うーん、良く分からない……)

 どうして彼が自分と会うことで得をしたのか?稚沙には、その理由はいまいち良く分からなかった。

 それから2人は少し雑談をしながら、そのままゆったりと外の景色をただただ眺めていた。こうしていると日頃の忙しさが、まるで嘘のようにさえ思えてくる。