稚沙と古麻(こま)は翌日、蘇我馬子(そがのうまこ)が宴で使っていた部屋の掃除を外から呆然と眺めていた。

 2人は昨日のことがあったので、今日は特別に仕事を休みにしてもらっていた。

「本当に凄い事件だったわ。私達も無事で何よりね」

 古麻は淡々として答えた。恋人の死があったと言うのに、昨日散々泣いたからか、だいぶ気持ちは落ち着いたようだ。

「私は今思い出しただけでも、恐ろしくて震えがきそう……」

 稚沙もまさか、小墾田宮(おはりだのみや)でこのような事件に遭遇するとは、思ってもみなかった。


 2人がそれぞれ物思いに浸っている時である、ふと彼女らの前に人が現れる。

 2人はその人物を見た。それは、昨日あの凄まじい戦いを繰り広げた蘇我椋毘登(そがのくらひと)だった。

「2人とも、昨日は色々と迷惑をかけた。とりあえず事件も一段落したので、俺達は蘇我に戻ることにするよ」

 椋毘登は、昨日の戦いなんて別に対したことがないと言った風な感じで、そこに立っていた。

(彼は本当になんて人なの。あれだけの戦いをしておきながら……)

「あ、椋毘登。こちらこそ昨日は助けてくれて有り難う。まさかあなたが馬子様の護衛とは思ってもみなかった」

 それを聞いた椋毘登は、思わずやれやれといった感じで、稚沙の前に来る。

「まぁ、お前達には今回色々と協力してもらった。だから命ぐらいは守ってやるさ。とりあえず、余りここに長居するつもりもないので、俺は失礼する」

 そういって彼は、その場を離れることにした。

 すると稚沙は慌てて彼を呼び止める。

「あ、椋毘登。昨日は本当に有り難う!」

 彼は稚沙にそういわれて一度振り向いた。そして少しだけ笑みを見せて「じゃあな」とだけいって、その場を離れていった。

(椋毘登、あなたは本当に一体何者なの?)


 そんな彼の後ろ姿を、稚沙はそのまましばらく眺めていた。

 こうして今回の蘇我馬子の暗殺計画は、椋毘登達の活躍のお陰で、無事に回避されることとなった。