古麻(こま)、あなたの恋人って一体誰なの?」

 この話からすると、彼女の恋人もこの件に関わっている可能性が非常に高い。

「彼は数ヶ月前から、ここの宮に出入りしている人よ。何でもその人がお仕えしてる方は割りと身分のある人なんだとか」

「え、それじゃ、古麻は相手がどういう人か知らずに付き合ってるの?」

 稚沙はまさか、古麻の恋人がどこの誰かも分からない人だったということにとても驚く。普通なら相手の素性ぐらい知ってから付き合うだろうに。

「何でも彼は今、特別な仕事に携わっているらしいの。その問題が解決したら全て話すといってくれたわ。だからそれまではお互い我慢しようと……」

 そういって古麻は少し表情を曇らせた。きっと彼女自身も、色々と悩みはしているのだろう。

「古麻、あなたそんな辛い恋をしていたのね」

 自分も厩戸皇子(うまやどのみこ)に恋心を抱いているので、そんな彼女の気持ちも分からなくもないと思った。

 だがそれを一緒に聞いていた椋毘登(くらひと)は、明らかに面倒臭そうな表情をしている。

 自身の叔父である蘇我馬子(そがのうまこ)の命がかかっている状況だ。女官の娘の恋話など、今の彼にはどうでも良いと思っているのだろう。

「とにかく、この件は俺が何とかする。2人はこの話を他には内緒にしていてくれないか。これが知られると色々と厄介なんでね」

 椋毘登は至って冷静にして2人にいった。

 稚沙達もここ小墾田宮(おはりだのみや)の女官だ。ことの重大さは流石に理解出来る。

「それと当日は、稚沙が叔父上達に食事を運ぶのだろう?どうせ誰かがしないといけない訳だが、十分に気を付けろ」

「あ、うん。分かったわ……」

 稚沙はみるみるうちに表情が暗くなってきた。もしかすると人が殺される場面に落ち合うかもしれない。
 だが何も知らない他の女官よりも、自分の方がいざという時、対応がしやすいだろう。

 そんな稚沙の様子を見た椋毘登は、どうやら彼女の心の心境を察したみたいだ。

「当日は俺も待機するようにする。だからいざとなれば俺が助けてやる。今回はお前の協力も必要になるだろうから」

(つまり、命は守るから自分に協力しろといいたいんだ。相手があの蘇我馬子というところが若干引っかかるけど、でも人が死ぬのはやっぱり嫌だ……)

「分かった。私も当日は協力することにする」

 稚沙は諦めて椋毘登のいう通りにすることにした。それに何かあれば一応助けてはくれるようだ。


 そして彼らはその後、少しだけ打ち合わせをしてから、当日を待つことにした。