「稚沙、椋毘登(くらひと)殿。どうして2人がここにいるの?」
 
 古麻(こま)は外にいた2人を見て、何故か動揺する。そして動揺の余り、手に持っていた1枚の木簡(もっかん)をそのまま地面に落としてしまった。

 彼女のこの動揺からして、この倉庫には何か特別な事情があり、それで来ていたのだろう。
 しかもこんな時間に、倉庫の木簡を持ち出そうとしているのは、流石に怪しい。

 そんな動揺した彼女の様子を見て、椋毘登はいう。

「やはり犯人は君だったか。俺が今日この倉庫の近くに来た時、倉庫から人が出てくる気配は全くなかった。なので今回の経緯を聞いた際に、倉庫の荒らしを最初に見た君が怪しいと思っていたんだ」

 そんな椋毘登の話しを聞いて、稚沙は思わず古麻を見る。

 すると彼女は否定するどころか、逆に酷く怯えだした。

 そして我慢できなくなり、その場に座り込んでしまった。

「古麻、一体これはどういうことなの?」

 すると古麻は、思わずその場で泣き出してしまった。

 そんな彼女を見て、稚沙は慌てて側に掛けよる。一体彼女に何があったのだろう。

 この状況を見た椋毘登も、少しやれやれといった感じで彼女に話しかける。

「とりあえず訳を話してくれ。君は一体どうしてこんなことをしたんだ?」


 古麻も椋毘登にそういわれると、彼女も大人しく観念し、今回の経緯を説明することにした。

「実は私、少し前から恋人がいるんです。その彼がとある人に木簡を送ろうとしたそうなんですが、謝ってその木簡が炊屋姫(かしきやひめ)様の元に行ってしまったそうで……」

(え、古麻の恋人?)

 稚沙にとってこれは初耳である。

 稚沙は日頃彼女と接することが多い。だがそんな彼女に恋人が出来ていたなんて、稚沙は全く気付かなかった。

「なるほど。それで君に、その木簡を倉庫から取ってきて欲しいとお願いされたのか」

「はい、そうです。彼がいうにはとても大切な木簡だったそうです。それで倉庫で木簡を探していた時に、誰かがやって来る音がして……」

 それを聞いて2人は思った。恐らくこの誰かが稚沙のことだったのであろう。

「それでとっさに木簡を探しているのが見つかっては困ると思い、他の物を荒らして、木簡をまぎわらすことにしたんです」

 確かに木簡だけが色々触られていたら、少し不思議に思うかもしれない。でもだからといって、倉庫が荒らされていたことにするのは、少し度が過ぎている。

「それでその後、再度その木簡を探しに倉庫に来ていたと……」

 椋毘登はそういって「はぁー」と思わずため息をついた。

 ただ稚沙の方は彼女の話を聞き、心底安心したようだ。

「でも、とりあえず今回の真相が分かって本当に良かった……」

 稚沙はそういってから、横に落ちてしまっていた木簡を拾う。彼女はとても大事な木簡だというが、一体何が書いてあるのだろうか。

「あら、この木簡に書いてあるのって、どうも和歌のようだわ。これが本当に重要なの?」

 稚沙はふと不思議に思った。そんなに人に見られて恥ずかしい和歌でも書いてあるのだろうか。