私は、ずっと恵まれていないと思っていた。

 県内きってのお嬢様校に入学してから、自分はなんと不遇なのだろうかと打ちのめされたのを、今でも鮮明に覚えている。

 学校から支給されたかわいいと評判の制服は、今まで触った事のないほどなめらかな手触りだったし、指定のローファーも鞄も本革で高級な光沢を帯びていた。自分では到底用意できるはずのないそれらを手にしたとき、ほんの少しだけ「お嬢さま」気分を味わえた気がした。

 けれども、そのお嬢様気分も、入学した瞬間に打ち砕かれる。

「今度の休み、ホームパーティやるから来てね」
「パパがあたしのご機嫌取りに〇エベのバッグ買ってきたんだけど、ダサくてママにあげた。次の休みに自分で選んでくるわー」

 もう、笑うしかないってこういうこと言うんだって。

ーーーー世の中は、なんて理不尽なんだ。

 スーパーで200円のお菓子を買うのを躊躇ってる私と彼女たちの差は比べるまでもなく、まさに天と地。
 同じ15歳なのに、どうしてこんなにも違うのだろう。

 私が、何をしたっていうのだろう。

 神様なんて信じてないし、世の中を恨んだところで何も始まらないのは、わかっていたけれど、そんな疑問が浮かんでは消えていった。

 最終的には、私がこの学園の制服を着て、彼女たちと一緒にこの学園に通っていることでさえ烏滸がましいのではと感じてしまっていた。事実、私が学費も無しに通えているのは、彼女たちが多額の学費を学園に払い、延いては寄付金を払ってくれているからなのだと自分に言い聞かせることで落ち着いた。

 そう、最初のうちは。

 入学して1か月くらいが経った頃から、話についていけない私が奨学生枠だという噂が広まったと思ったらソレは始まった。

 通称、『貧乏狩り』と呼ばれるソレは、奨学生枠の生徒をターゲットとしたいじめだ。もはや伝統行事と化しているそれは、生徒も教師たちが口を出さない程度に上手く加減するものだから教師たちも見て見ぬふりを決め込んでいた。私も最初こそ、担任に何度か相談をしたけれど、なあなあに流そうとする担任に嫌気がさして諦めた。

 結局、私が我慢するしかないのだ。

 けれど、裏を返せば、私が我慢さえすれば良い、と割り切ることが出来た。

 もともと、この奨学生枠が取れなければ高校には通えなかったのだ。ここ以外どこにも逃げ場など無い私は、割り切るしか、残された道はないということを知っていた。

 希望なんてものは端から無かったし、それが不幸中の幸いだったのかもしれないとすら思う。

 早々に諦めがついた私は、無の境地を決め込んで、いじめがこれ以上悪化しないようにだけ最善を尽くした。

 その中で見出したのは、とにかく笑顔で謝るという技。

 へらへらと笑って、私が悪かったのだ、ごめんなさい、と言うのがその場を収集させるのに一番手っ取り早かった。お嬢さまたちもそれで憂さ晴らしが出来て満足してくれている。
 
 ーーーーばかばかしい。

 自分よりも財力も身分も、待っている未来すら格下の奨学生枠の生徒に当たって鬱憤を晴らすだなんて、なんて低俗なのだろう。それこそ、人として私よりも下だということに気づかないのだろうか。

 なんて、可哀そうなお嬢さまたち。

 彼女たちを哀れみの目で見るようになるのに、そう時間はかからなかった。


 一色真理愛と入れ替わって早1週間が過ぎていたある日。

「ちょっと、貧子、自販でいちごオレ買ってきて欲しいんだけど」

 休み時間になるや否や、一人のクラスメイトが「私」にそんなことを頼んできた。いや、命令してきた。長年呼ばれて来たあだ名を耳にすると、どうしても反応してしまいそうになるのを何とか抑えられるくらいには、慣れてきたと言える。

 そして、一色真理愛の「味気ない」世界にも、だいぶ慣れてきた。

「あ、あたしもお願いー、カフェオレね」
「私リンゴ!おつりはあげるから、よろしくー」

 五月雨式に数人から言いつけられた「私」は、それぞれからお金を受け取ったあと、とんでもないことを口にした。

「一色さん…、一緒についてきてくれないかな?」

 教室のドア付近の私の席の前で立ち止まったと思ったら、そんなことを言ったのだ。
 周りも何事かと息をのんだのがわかるほど空気が一変した。

 ーーーーこいつ、私を巻き込みやがった…。

 思わず舌打ちしそうになる。

 いや、違う、巻き込んだのは、私じゃなくて一色真理愛か…、なんで、また…。

 疑問に思いながら、私は考える。

 「私」ならどうしただろうか…。

 シカトしているかもしれないし、あの仮面のような笑顔で頷いてくれたかもしれない…。

 あ…
 そうか…

 私、今まで「助けて」と言葉にしていなかった…。

 宿題を忘れたあのクラスメイトは確かに言葉にして一色真理愛に助けを求めていた。それは、大きな、大きな違いだ。
 一色真理愛が助けてくれなかった、なんて、八つ当たりも甚だしい。

 「助けて」と彼女に言っていたら、彼女は助けてくれたかもしれないのに…。

 ぱぁ、と思考がクリアに透き通り、そんなことを思った。どんよりと立ち込めていた雨雲が風に押し流されて散り散りになって隙間から光が差し込んでくる様だった。

 そうだ、「私」なら助けられるのだ。

 与えなければ、与えられない。

 ならば、与えれば良い。

「ーーー良いわよ。行きましょ」

 椅子から立ち上がり、私は「私」の後を追う。その足取りは予想以上に軽やかだった。