「起きた?」

その声は、心臓だけはまだ元気に機能している事を私に教えてくれた。
一気に心臓の動きが加速した。
どくん、どくんと肉の動きが血管に響いた。

「……来てたんだ……」

壁にかかっている時計は午後4時。
昨日まではぼやけてしか見えなかったのに、今は視界がクリアになっている。
学校は終わっている時間だが、私が学校にいた頃は、委員会とか部活で忙しいはずの身だった。
そんな彼がこの時間ここにいるのは、私の為なのだろうか?

「相変わらず暇なのね」

真面目顔で私を見下ろしている奴の眼力が、私の仮説を正しいものだと証言している。
その事実がこそばゆくって、私はまたいつものように悪態をついた。
これが、私達の日常。もうすぐ溶けきってしまう、かけがえのない私達の一部。
彼が暇じゃないのは、少しの間だけでも一番近くにいた私は嫌という程知っている。

「起こしちゃった?」
「起きてた」

嘘だった。
彼も見抜いているはずだ。
だけど、これも私達の日常。

「眠れないの?」

ベッドの上で、既に機能のほとんどを失い、置物となっている右手を取って撫でる彼の手の平の肉の感触が気持ちいい。
奴は引き出しにしまわれていた、私のお気に入りのハンドクリームを取り出して、丁寧に塗ってくれる。
私は、がさがさの手を彼氏に触らせるしかできないくらい、自分で塗る事が出来なくなっていた。

「どうだろう……」

ハンドクリームと彼の手ににじんだ汗の香りを感じながら、私は考えていた。
眠るというのは、生物が生きる活力を取り戻す為に必要不可欠な行為である。
でも、私はただ意識を失うだけ。
決して回復などしない。
私のこれは、眠るの定義からは外れてしまっている。

「ねえ」

いつ話ができなくなるかわからない。
30分後にこの人の前から消えるかもしれない。
確信の予感が頭をほとばしる。

「最後に」

力を入れて声を絞り出す。

「私の話、聞いてくれる?」
「最後?」

ハンドクリームを塗る手を止めた奴が、ぎゅっと強く私の手を握る。
指の先だけ動かして、私は私にできる応えをした。

「最後だよ」