「……だました?」
「当時はあったよ。あれから何ヶ月経ってると思ってるの?」
「馬鹿だって思ってる?」
「うん。……馬鹿みたいにすごく可愛い」
「何よそれ」
「僕の事、ゴキブリのような目で見てても、それは僕の力じゃなくて僕の事を見てたってすぐに分かった。僕のバックグラウンドなんて気にも留めず、僕の中身に対して罵声を浴びせたんだ」
「その言い方、なんか引っかかるんだけど」
「だって仕返しだからね」
「仕返しって何の!?」

そう言うと、奴は私の体の負担にならない体制で覆いかぶさり、今度は額にキスをする。

「君が自分を卑下しまくってたせいで、僕の心が届かなかった仕返しだよ」
「心なんてそんなの……」

本当はずっと届いてた。
ごめんね、素直になれなくて。
ごめんね、死ぬって分かってすぐに死にたくないって言えなくて。
ごめんね、この瞬間でもあんただけを選ぶことが出来なくて……。

「まだ迷ってるの?どうして」
「それって、全部あんたに頼らなきゃ生きていけないってことでしょ。癪なんだけど」
「この状況でそれを言うの?ほんと雪穂ちゃんって」
「強がりで結構。私は、私の力でお母さんを幸せにしてあげたかったのよ。あんたと出会う前からね」
「こういう考え方はできない?」
「どういう?」
「君の力で僕をメロッメロにして、その恩恵を君と君のお母さんが受けてるって考え」
「……あんたの力じゃない」
「でも、僕が君を愛さなかったら、こんな事口が裂けても言えないよ」
「愛!?」
「うん。好きなんて言葉じゃ足りないんだ。昨日君が待ち合わせに来てくれなかったら、本当に死んじゃおうかなって線路に下りそうになったよ。まあ幸い僕の家は賠償金くらいは払えるからね問題ない」

ありまくりです。
国宝級の頭脳の持ち主が失恋で人身事故を起こすって、週刊誌の恰好のネタになりますよ。

「だからさ、今こうしてさ」

奴の手が首を包み込む。

「僕の事を拒むなら、いっそのこと本当にここで殺しちゃおうか」
「殺す?」
「別に良いでしょ。君、死ぬこと覚悟してたんでしょ。じゃあここで僕に殺されても同じだよ。そして僕も死ぬんだ」
「あれ本気だったの?」
「別れたら死ぬよ」

声のトーンが、奴の本気度合を教えてくる。
私はもう、捉えられてしまった。
この声に、策略に、言葉に。

「分かったよ」

私は一言だけそう言って、私からキスをする為に彼の頭を引き寄せる。
綺麗な顔を一番近くで見られる特権を利用しない手はない。
目は瞑らないままの口づけは、お互いの瞳にお互いが映っているのを見せつけてくれる。

「恥ずかしいね」
「恥ずかしいよ」

奴は私の傍らにそっと横たわり、しっかりと全身の熱が伝わるように抱きしめてくれる。

「これから、もっと恥ずかしいことしようよ」
「却下。私今日から入院だから」
「だから僕と一緒にアメリカに」
「来年の話でしょ」