「司書さん脅したの?」
「そんな怖い顔しないでよ」
「何度もセクハラされて、怒らない聖人じゃないんですけど、私」
「セクハラじゃないよ。愛してるんだよ」
「セクハラを愛で片づけられるなら、痴漢行為も愛で許されるって言いたいわけ?」
「どうして君には僕の想いが伝わらないのかな?」
「もっと遊んでよーぼくちゃんさびしいでちゅーっていう想い?」
「何?その赤ちゃん言葉。とうとう言葉までキューピーになっちゃったの?」

人の唇を、男の癖に整えられた美しすぎる親指でなぞってくる。
その指を痛みを与えるように思いっきりにぎり、無理やり唇から離そうとするがびくとも動かない。

「君の力で、僕にかなうと思ってるの?」

奴の顔がどんどん近づいてくる。そのせいで、奴のまつ毛の長さが何センチか分かってしまった。
生暖かい息も鼻と唇にかかる。

「近いんですけど……」
足を踏んで逃げようとしたが、先ほどのエレベーターの時よりも強く、足を奴の足で固定される。

「え、何?」
「良いから黙って」
「やめろこの変態!」
「天才の間違いじゃないの?」

悔しいがそこだけは国の機関の保証済みなので否定しない。

「天才でも変態なのに変わりはない!」

近すぎて自分の息すら彼の顔によって跳ね返る。

「やめ……」
「じゃあ、僕のこと好きって言って?そうしたら止めてあげる」
「は?」
「僕の事、本当はすごく好きでしょ」

(……何を言っているのだ?)

好きというのは、あれか。
動物を愛でるとか、お気に入りの文房具に対して抱く気持ちとか、そういうあれだよな。そんな好意すら現時点では持っているはずはない。

「何をどう勘違いしたらそんな発想ができるのよ、天才様は」
「だって、いつも僕から逃げようとするでしょ」

そう言った瞬間、私を拘束する奴の足の力が強まる。
植物の蔓のように私と奴の足が絡み合っている。

「でも、今日はやっと手に入れたチャンスなんだ」
「チャンス?」
「そう。君を僕のものにする……ね」
「ものじゃないんですけど」
「分かってて話題避けてる?それともはっきり言わないと理解できないくらいのおバカさんだったのかな君は」