文字通り、引き剥がされた。
ぼろ布のような服だったから破けてしまったのだ。
「助けて……! いやぁあ!」
乞う声はほとんど悲鳴だった。
しかし、美世を裸に剥いた女達は、無表情で左右に立ってその枯れ枝のような骨と皮だけの腕を持ち上げると、もうもうと湯気がたちこめる熱湯に美世を落とした。
「熱っ……! 助けて!!」
苦悶の叫びは容赦なく熱湯を浴びせられて封じられる。
女達の腕が伸びてきて、針山のようなもので美世の身体を乱暴に擦り始めた。
「痛っ、痛いっ!!」
暴れて泣き叫んだが、熱湯にじゃぶじゃぶと沈められる音にかき消される。
ぐんと髪を掴まれ、引っ張り上げられた。
何をされるのか――動揺する美世の視界に光る金属が映った。
鋏だ。
ぞっと恐怖が背筋を駆け上がる。
「や……やめて……!」
声が震える。
髪は切られたくない。
「いやぁあ!」
叫んだのと、切れ味のいい音がしたのは、ほぼ一緒だった。
しゃきん、しゃきんと小気味よい音が響く中、ほろほろと涙を零す美世の脳裏に、警鐘のように冷たい声が繰り返されていた。
おまえは忌々しい悪魔の子。
二度とその顔を私に晒すな。
※
目を開けると、あたりはいつものように薄闇に包まれ、しんとした静けさに満ちていた。
しかし、天井は煤まみれの薄汚れたそれではなく、清潔そうな白地に見たことのない美しい文様が浮かんでいるもの。
吸い込んだ空気も黴臭くなく、微かに花のいい香りがする。
心地よい肌触りの布団から身を起こそうとしたその時、
「暴れてもう手がつけられなくて」
女の声が聞こえてきた。
声のする方を見やると、雪見障子に着物を着た女の脚が見える。
そしてその横には黒い洋服を着た男の脚が。
「途中で気絶してしまったんですけれども、寝ている間に切り終われたのでむしろ好都合でした。本当にもう泣いて拒んでひどくって」
「……そうか。ご苦労だった」
低くそれでいて凛とした若い男の声がした。
(この声は……)
寝覚めでまだ頭がぼんやりとしていたが、美世には聞き覚えのある声だった。
から、と障子が開いて男が入ってきた。
やはり、昼間屋敷で会った客人――明治のこの時代に、若いながらも欧米相手の事業を成功させているという安友正示(やすともしょうじ)という人物だった。
賓客に無礼になると、美世は慌てて身を起こしたが、
「まだ横になっていなさい」
正示が跪いて押し留める。
昼間見た時と変わらず、その顔立ちは思わず見入ってしまうほどに端正で凛々しさに溢れていた。
が、少し違うところと言えば、近づき難さを感じた雰囲気が、そばにある行燈の灯りがそうさせたのか、温かみが満ちた穏やかなものに変わっていたことである。
美世の緊張を解くように、正示は優しく微笑んだ。
「よく眠れたかな。ひどく怯えていたらしいね。女中達が少し乱暴だったかな。入浴させようとしたんだが、辛い思いをさせてすまない」
身ぐるみを剥がされ熱湯に入れられ……折檻されているものとばかり思いこんでいたが、風呂に入れてもらっていたのか、と力が抜ける。
みっともなく喚き散らしてしまった挙句、気絶してしまったのだろう。
(私ったら、とんだ間抜けだわ)
赤くなって返答に窮している美世を気遣うように、正示は優しい声音で続けた。
「誤解するのも無理はない。何しろ、攫うように連れてきてしまったから」
攫う、という言葉を聞いて美世は思い出した。
(そう……いつものように仕事を終えて眠りに就こうと思ったら、突然男の人に連れていかれて……)
「乱暴はしない」と言われたが、悲鳴を上げようとしたら口を塞がれて車に乗せられたのだ。
「怖かったろう? 手荒な真似をしてすまなかった」
と、正示の指がそっと美世の頬を撫でた。
温かい指先は、その慈しみに満ちた微笑のように美世の心を絆した――が、はっとなって困惑する。
髪が短く切り揃えられていることに気付いたのだ。
正示の顔を違和感なく見ることができたのもそのためだ。顔を隠すために長く伸ばしていた前髪は、視界も遮っていたから。
(どうしよう……顔が隠せない……)
困惑して俯く美世を慰めるように、正示の指はなおもその頬に触れ続ける。
「どうぞお離れください……。私のような下賤な者があなた様のような方に触れられてよいはずが――」
言葉は続けられなかった。
まるで包み込まれるように、長い腕に抱き寄せられてしまったからだ。
その腕は何故が微かに震えていた。
ほおと安堵するような吐息も、どこか悲哀に満ちている気がする。
「言ったはずだ。私が君を救うと」