そんないつも通りのトラブルがあったものの(もう『いつも通り』と表現している自分がちょっと怖い)普通に登校してきたわたしを待ち構えていた試練は、意外なものでもあったし、必然だったかもしれない。
「あっ、あの! 遠野さん!」
クラスに入った瞬間、前髪にヘアピンを付けた女の子に話しかけられた。
わたしが声を掛けられる理由なんて、転校生としてまだクラスに馴染めていない子のために同級生が気を使って話しかけてきた、というシチュエーションくらいだろうけれど、今回はそうではないことはすぐにわかった。
何故なら、その子は昨日憂ちゃんと遭遇した、万引きと勘違いされてしまった女の子だったからだ。
えっと、名前は確か……。
「倉敷さん……だっけ?」
人の名前を覚えるのは苦手だけど、確かそんな名前だったはずだ。
すると、どうやら正解だったようで、彼女の顔に赤みがかかる。
「うん! ちゃんと覚えててくれたんだ……」
あっ、別に忘れててもよかったのか、と半ば後悔しながら、彼女はわたしに名前を憶えてくれていたことが余程嬉しかったのか、そのまま頬を紅潮させながら話を続けた。
「あのね、昨日……ちゃんとお礼言おうとしたのに言えなかったから……」
お礼……ねえ……。
照れくさそうにする倉敷さんには申し訳ないのだが、未だに転校生という少し目立った立ち位置にいるわたしは、これ以上クラスの人たちから注目されたくなかったので、早々に話を切り上げるように努める。
「あのさ……昨日のことならもういいよ。わたしも好きでやったわけじゃないから」
これはわたしの紛れもない本音。
巻き込まれたというのならば、わたしだって倉敷さんと同じ被害者だと訴えてもいいくらいだ。
「それに……お礼なら、一緒にいた子にしてよ」
これも、昨日と全く同じ台詞だった。
面倒事を押し付けるようで悪かったが、憂ちゃんなら、わたしと違って彼女の厚意を真摯に受け止めるだろう。
残念ながら、わたしは他人からの厚意さえ、気持ち悪いと思ってしまう人間だから、わたしの薄い反応で倉敷さんに嫌な思いをさせてしまっても困る。
お互い、距離感をもって接することが大切だ。
しかし、そんなわたしの心境が分からないようで、席に着こうとしたわたしを阻むように、道を開けてくれない倉敷さん。
「でも、せっかく同じクラスなわけだし、わたしは……遠野さんにもきっちりお礼がしたい」
この子は、『小さな親切、大きなお世話』という言葉を知らないのだろうか?
ただ、倉敷さんの意思は強いようで、わたしが適当なことを言ってはぐらかしても、納得してくれそうな様子はない。
さて、どうしたものか。
ここで、変に見繕っても問題を先延ばしするだけなのは目に見えている。
ならば、ここできっぱりと、関係を絶っておいたほうがいいだろう。
わたしは、教室にいるクラスメイトたちに聞こえないように配慮しつつ、倉敷さんにお願いした。
お願いというには、やや乱暴な口調で、彼女に告げる。