二階は一階よりも静かに感じられた。自分の足音が奥の奥まで響きそうな静寂。改めて二階を探索すると、古い洋館を改築した図書館の独特な雰囲気が強く感じられた。遠い過去へ旅している気分になる。
 洋書ばかりのフロアーは異国の図書館みたいで、アンティークの調度品類がさらにそれを際立たせていた。ここだけが別世界。溜息を誘う懐古的な空間。
 綺麗に整頓された司書カウンターの前に立つと、そこに座る成瀬さんの姿が目に浮かんだ。カウンター横の窓から差し込む光に反射してキラキラ光る彼の黒髪。書庫の整理や本の修復作業が無い暇な時は読書をしているらしく、細くて長い指がページをめくり、黒い瞳はじっと文字を見つめて。
 絵画と間違いそうな完成されたビジュアルには、それこそ溜息が漏れた。成瀬さんの存在はこの別世界を作り出す要素の一つだ。そう思えるくらい、ここに座る彼の雰囲気は謎めいていて美しかった。
 一瞬、本来の目的を忘れて記憶の成瀬さんに見とれてしまった私はハッと我に返る。
 いけないいけない。妄想が好奇心を上回ってしまうとは。
 気を取り直してカウンターに座るとリストを開いた。日本語でも読みづらいお祖父ちゃんの字は英語になると余計に読めない。これはちょっと大変かも。
 そんなこんなで、英語に疎い頭をフルに回転させながら英訳と字の解読に悩むことしばらく。だけど、やっぱり《ヴァッサーゴの隻眼》なる本は見つけられなかった。
 何処にあるんだろう?
 リスト管理されていない書庫の本だったらお手上げだ。成瀬さんじゃないと、それについては全く分からないもの。早くも行き詰ってしまった私はカウンターに頬杖をつきながら「うーん」と唸った。
 そもそも、この本に関しては謎だらけだ。
 どうしてあの幽霊はこの本を探しているんだろう? 死してなお探すという事は、相当思い入れがあるとか、未練が残っているとか、理由があるはず。それに《ヴァッサーゴの隻眼》のヴァッサーゴって何? 誰かの名前?
「わっかんないなー。面白い本なら私も読んでみたいのに」
 成瀬さんには聞きづらいから自分で書庫を探してみようかな、そう思い書庫の鍵を取りに行こうとした時だった。
 階段の方で何か音がした。