「別にいいんです。それを気にしているわけではないんです。私的なことと仕事は違いますから。ちゃんと、オンオフのスイッチをつけて、鑑定をしていますよ。無の状態でいないと、結果に出てしまいますから」
「仕事の気構えとしては、感心するけど、沙夜子先輩と降沢の関係が気になるんでしょう?」
「全然、気にしていませんって……」
「在季は自分からは、なかなか話さないでしょうからね。少しだけ、私が話しておきたいと思ったのよ。二人の間には何もなかったって……」
「どうして、トウコさんがそんなことを言うんです?」
「さあ、どうしてかしらね。でもね、美聖ちゃんには知っておいてもらいたいのよ」

 北鎌倉の狭い路地を、美聖を先頭に一人ずつ歩く。
 途中、学校帰りの子供たちの、不思議そうな視線を浴びながら、トウコはのんびりとした口調で話しかけてきた。

「私は大学で沙夜子先輩に知り合ったの。先輩に、在季のことを聞いて。可愛くないガキだったわ。今も可愛げのないおっさんだけど……。ほら、在季は誰がどう見ても変わり者でしょう。在季と対等に話すことができる身内は、亡くなったお祖母様と、先輩くらいしかいなかったみたいね」
「降沢さんの……ご両親は?」
「都内の一戸建てに住んでいるわよ。在季の弟さんも、同居しているんじゃなかったかしら? もっとも、在季は高校の頃くらいから、両親とは会っていないそうだから、私も詳しいことはよく分からないけどね」
「……そうだったんですか」

 さぞ、恵まれた人生を送っているものだと、思っていた。

「私……」

 …………最低だ。

(降沢さんに、嫉妬するなんて)

 今はそうでもないが『アルカナ』でバイトを始めた頃、美聖は降沢に嫉妬していた。
 あくせく働かずとも、好きな時に好きなように絵を描いて、生活している降沢に腹を立てていた。
 そんなことが絶対にできない美聖の立場を憎んだのだ。

(…………だけど)

 降沢は、祖母が亡くなってから、ずっとあの大きな家の中に、一人ぼっちなのだ。
 家族との縁も薄く、唯一親しくしていた従妹は死んでしまったなんて、辛すぎる。
 誰にだって、大なり小なり悩み事あるものだ。
 占い師は、そういう人間の弱い部分を直視する仕事だ。
 それなのに、その人の上っ面だけで、判断するなんて最低ではないか……。

「…………私、自己嫌悪です」
「はっ? どうして、ここで美聖ちゃんが落ちこむのよ?」

 がくりと肩を落とした美聖に、トウコが顔色を変えた。

「私、おかしなこと言った?」
「いいえ。違います。トウコさんのせいではないんです。私の問題です。人間として、まだまだなのに、占い師としての腕だって、未熟で……。このままで良いのかなって……情けないなって」
「ああ、何よ。今日の黒石芽衣《くろいしめい》さんのことを、まだ気にしているの?」

 すぐさまトウコに見抜かれたので、美聖は身体を強張らせた。

(さすがベテラン占い師。……勘が冴えているわ)

 トウコはしばらく黙り込んだ後、いつになく、男性らしい声音で言った。

「差し詰め、はっきり、答えてあげられなかったってことを気にしているのだろうけど。それは、それで良いのよ。貴方が気にすることじゃないわ」
「……気になっちゃいますけど?」

 美聖は重い鞄の持ち手を強く握りしめながら、独り言のように呟く。

「今回は無料ですけど、みんなちゃんとした答えが欲しくて、お金を払ってまで、占いに来ているんですから……」
「でもね。現状を当てることは、もちろんだけど、占い師の腕が要求されるのは、その先のことよ。結局、答えを決めるのは、その人自身。私たちが出来ることは、占いで導き出した最善の道を助言することだけ。その人の人生を肩代わりすることなんてできないもの」
「…………でも、芽衣さん納得はしてくれましたけど、笑ってはくれませんでした。私はままならない答えでも、希望があるように伝えたかったです」
「それでも、結果を捻じ曲げるわけにはいかないでしょ。占いで導き出した代案を提示して、美聖ちゃんなりに、助言したのなら、あとは、その中から、彼女が何を選ぶのかってこと。私は、それでいいと思うわ」
「私の力不足はないのでしょうか?」
「正解が何処にあるのかなんて、誰にも分からないから。それが分かるのは、神様しかいないわ。私たちは、しょせん生身の人間。明らかに、分かったふりをして『こうしろ』と答えを押し付けるのは、洗脳よ。霊感があれば……なんて思わないでね。それがあったとしても、正しい使い方をしなければ、相談者も占術者の方も潰れるだけだわ」
「…………トウコさん。なんか、すごく身に染みます」

 ようやく、歩道が開けてきたので、美聖はトウコを待って立ち止まった。
 正面にやって来たトウコの厳つい顔に、疲弊した自嘲のようなものが垣間見える。

「私がそれだから……ね」
「えっ?」
「私も……視える方の人間だったのよ」

 トウコはサングラスを少しずらして、灰色がかった目を、美聖に見せた。

「トウコさん……?」
「思い上がって、自分で食われた愚か者なのよ。……だから、貴方には知っておいてほしいの」

 そして、しっかりとした口調で告げた。

「私にも、在季にも、美聖ちゃんが必要なのよ……」