「じゃあ、皆さん揃って、あの人との相性を見たいんですね?」
「はいっ! 誰が射止めても、恨みっこなしってみんなで話したんです」
「へえ……」

(…………降沢さんを、彼氏にすること前提なんだねえ)

 何だか、微笑ましいのか、斜め上にポジティブなのか、反応に困ってしまう。

(気が進まないな……) 

 胸が痛い。その痛みの正体を知らぬふりをしたまま、美聖はだましだまし過ごしているのだ。
 とても、彼女たちのように真っ直ぐにはなれない。

(時間とお金の無駄なような気もするけどな……)

 だからといって、お客様の鑑定内容に口を出すわけにもいかない。
 美聖はタロットカードを取りだして、シャッフルを始めた。

「えーっと、では、どなたから占いをしますか?」
「あっ、じゃあ、姫花(ひめか)いきなよー」
「えーーっ、私なの? 悠樹(ゆき)でいいじゃん」
「やだよー。奏子(かなこ)からにしてよ」

 なるほど、ツインテールの子が姫花で、ボブの女の子が悠樹。ショートの子は、奏子というらしい。
 それぞれ特徴があって、覚えやすい。
 彼女たちは、それぞれ押し付けあっていて、自分からという子がいなかった。

 ずっとこうしていたところで、埒が明かないので美聖は、三人組の中で一番騒がしい姫花を、最初に指名した。

「では、姫花さん……ですか。貴方から鑑定していきましょうか」
「私から……ですか?」
「お願いします」

 美聖が頭を下げると、観念したらしい。
 キャー、どきどきする……などと、叫びながら鑑定に入らせてくれた。

 ――そうして、一時間近く、三人の鑑定を行ってみたものの……。

(……もう、駄目だ)

 降沢の心情がさっぱり読めない。
 ……というか、彼女たちに手の負える人間ではないことだけは、明白に導き出されている。
 さすがに三人目ともなると、札の絵柄から感じ取るものがあるようで、各々神妙な面持ちとなっていた。

「なんか、みんなあんまり、良くなさそうだよね」

 最後の奏子が卓上に並んだカードと睨めっこをしながら、ぼやいた。

(良くないとか、それ以前の問題というか……)

 降沢が彼女たちを認識しているのかすら、怪しい感じだ。

(出てくるカードがみんな小アルカナだしねえ……)

 しかも、三人共通して出てきたのは、聖杯(カップ)の8の正位置。
 いろんな解釈が出来るこのカードを、リーディングするのはなかなか難しい。
 正位置は、おおよそ別離だとか、新しいことのために古いことを捨てるだとか、無責任だとか、置き去りとか……。
 良く解釈する占い師もいれば、悪く受け取る占い師もいるのだ。
 美聖の場合、周りのカードとの組み合わせで、総合判断していくのだが……。
 今回の場合……この流れでカップの8が出てしまったのなら、望み薄だろう。
 間違いない。早々に諦めた方が良い。やっぱり時間の無駄だ。

(……てね)

 まさか、そのまんまの鑑定結果を、正直に彼女たちに伝えるわけにはいかない。
 失望させるだけの占い師にはなりたくないのだ。
 可能性があるのなら、たとえ1パーセントでも、その対策を助言できる占い師こそが、美聖の目指すプロの姿だった。

「た、確かに、今のままでは想いは伝わりません。まずは、あの男性にちゃんと皆さんの存在を認識させることです。彼は読書をしていますし、皆さんがいらっしゃる時間は人が多くて、彼の中で皆さんの存在が希薄です。自己PRをして、彼に知ってもらいましょう。そうすれば可能性がゼロってことはないです」
「まあ……認識されたところで、全員、ふられてもねえ……」

 放心状態の奏子が呟いた。

「まあまあ……そう、落ち込まないで」

 すっかり、三人組は自信を失ってしまっている。
 たった今、鼻息荒く、美聖に突撃していた時とは真逆に、一様に肩を落としていた。

(同情しちゃうなあ……)

 次第に、美聖も他人事とは思えなくなっていた。
 きっと、美聖が自分と降沢の相性を占ったところで、同じような結果しか出てこないだろう。

(誰が相手でも、降沢さんじゃ無理なのよ)

 それを伝えたいけれど、そのためには美聖の割り切れない感情もセットになってしまう。

「大丈夫」 

 美聖は彼女たちを鼓舞するように、1オクターブ高い声で、にっこり笑った。

「可能性をゼロとと決めつけてしまっては、何も出来ないですよ。みんなは、これから! まだまだ、これからなんですよ!」

 まるで自分に言い聞かせているようだったが、彼女たちにも、それなりに効果はあったらしい。
 最終的に、頑張ってみると、前向きな言葉を引き出して、鑑定を終了させたのだった。

 そんなこんなで、多忙な一日が終わろうとしていた。

「美聖ちゃん、今日も大変そうだったね……。お疲れさま」

 閉店五分前、たまに姿を見せてくれる近所のおじいさんがお会計の時に、美聖をねぎらってくれた。
 この人は、占いはしないが、トウコの淹れる紅茶を愛してくれている大切なお客様だった。

「最近は、賑やかになってしまっていますけど」
「気にならないよ。君は毎日本当によく頑張ってるなって、感動しちゃった。また寄らせてもらうからね」
「はい、ぜひ! よろしくお願いします」

 品のあるおじいさんは、颯爽と帽子を被って『アルカナ』を出て行った。

(癒されるわー)

 美聖を見てくれている人は、ちゃんといるようだ。

「よし、頑張らなきゃ!」
「何がです?」
「ひっ!?」

 ぬっと、降沢が美聖の横を通ったので、震えあがりそうになった。

「お疲れさまです」
「ああ、一ノ清さん、お疲れさまでした」

 淡泊な挨拶だ。

(この人が、女子高生にモテるなんてねえ……)

 我知らず、降沢に三白眼を向けてしまった。

「何です?」
「いえ、何でもありません」

(まあ、いいか……。降沢さんも大人だし、脈なしだったとしても、それなりの対応をしてくれるでしょう……)

 ――しかし、事件はその翌日に起こったのだった。