何を隠しているのだろう?
問いかけたくて……。
しかし、さすがにそこまで踏み込むのも気が引けて、美聖は思いつきのままに問いかけてしまった。
「えーっと、降沢さんは、どうして、画家になろうと思ったのですか?」
「……どうしてって?」
「あっ」
その質問も、まずかったらしい。
降沢は、苦笑していた。
「逆に、問いたいのですが、一ノ清さんは、どうして占い師になろうと思ったのですか?」
「…………それは、その……。子供の頃から興味があって、何となく」
「本当に? なんとなくで、占いを仕事にするものなのですか?」
「ええと、まあ……」
愛想笑いをしながら、頷いてみせた。
その理由を簡潔に語るのは、美聖には気が重い。
(結局、そういうことなんだよね……)
自分が問われて答えにくいことは、相手も一緒という話なのだろう。
黙りこんだ美聖を待っていたかのように、トウコが開店時間を告げた。
今日も急いで、看板を出しに行くと、数人外で待っているではないか……。
二人組と、三人組の……合計五人ものお客様だった。
「申し訳ありません。お待たせいたしました!」
美聖はとびきりの営業スマイルが彼女たちを迎えた。
(来るときは、来るんだよな……)
特に観光地が近い訳でもない。宣伝一つしていない、住宅地と森の中のひっそりとした隠れ家にも関わらず、それでも客が途切れず、やって来るのが素晴らしい。
接客もだいぶ板についてきた美聖は、精力的に、若いお客さんを日当たりの良い、端の席に誘導していった。
(常連さんじゃなさそうだな……)
よくやって来る年配の女性や若い男性など、だいぶ顔を覚えたものの、今日の女性たちは違う。
――とはいえ、鎌倉ハイキング中に疲れて立ち寄ったという感じの装いでもなかった。
(口コミ……かな)
それぞれ、水とおしぼりをトレイに乗せて運ぼうとしていた矢先、二人組の女の子たちの華やいだ声が耳に入って来た。
「良かったね。無事、辿りつけて……」
「おもいっきり、隠れ家だもんね。スマホで探すこともできないし……」
「これも、縁ってことなんじゃない?」
大人しそうなショートカットの少女と、快活そうな長髪の少女が楽しそうに笑い合っている。今日は休日だから、女子高生かもしれなかった。
隠れ家の店を見つけた時の宝物を探し当てたかのような、きらきらした瞳をしていた。
「……だよね。近所のお姉ちゃんが教えてくれてさ。……ていっても、こんな綺麗な喫茶店だったなんて知らなかったけど。なんか、降沢って、おばあちゃんが絵を描いてくれるお店だって言ってたな」
(…………なにっ?)
動揺のあまり、美聖は手にしていたトレイを落としそうになってしまった。
(私、聞いたことない……)
降沢の祖母が絵を描いていたなんて、美聖が知らない話だ。
(元々、この古民家は、降沢さんのお祖母さんのものだって、聞いてはいたけど……)
美聖は、ちらちらと降沢の姿を捜していた。
開店前に、お客さんがいた場合、大抵の場合降沢は奥に引っ込んで、頃合いを見計らって、いつもの席に座っているのが日々の習慣となりつつあったのだが……。
今日は戻って来るのが遅い。
(どこに行っちゃったんだろう……)
美聖が接客をしている間に、自室にでも行ってしまったのだろうか……。
三人組のオーダーを取りながらも、美聖は二人組の彼女達の会話におもいっきり耳を傾けていた。
長い髪の少女がよく透る声で、言い放った。
「でも、絵は無理なんじゃない? おばあちゃんいないし。占いはやっているみたいだけど?」
ショートカットの大人しそうな子が、こくりと小さく頷く。
「うん。昔の話だからね。今、生きているかどうか分からないとは思っていたんだ……」
「一応、店員さんに聞いてみる?」
「いいよ、いいよ」
(…………うっ)
会話が丸聞こえなのに、いいと言われても……。
まさか、彼女がいいと言っているのに、美聖が二人の間に割って入って会話を進めるわけにもいかない。
「でも、もし生きていたのなら、描いて欲しかったな。従姉のお姉ちゃん、そのおばあちゃんに絵を描いてもらってから、玉の輿に乗りかけたらしいからさ」
「すごい! 誰と玉の輿になりそうだったの?」
二人の会話に、三人組の女性たちも興味を持ったようだ。
声を潜めて、耳をそばだてている。
「芸能人……。ほら、最近、活動休止しちゃったけど、ウィザードの」
「すごい! 本当に!?」
「しっ、静かに……」
だが、静かにさせるのは、少々遅かった。
その場の注目を一気に集めたのは、美聖だった。
「…………えっ」
かたん……と、空になったトレイを床に落としてしまった美聖は、失礼しましたと詫びながら、頭を下げ続けた。
(…………今、ここで最上さんの話を聞くなんて!?)
しかも、元彼女の知り合いが来店しているのだ。
こんな偶然があって良いものなのか……。
さすがに、トウコも何事なのか気づいたらしく、定位置のキッチンから、カウンター席に顔を覗かせている。
トウコに相談を持ちかけている隙なく、二人組の長髪の女性の方が手を挙げて、美聖を呼んでいた。
「あっ、店員さん! 注文と……あと、占いもいいですか?」
これは、またとないチャンスだ。
美聖は、あとの接客を託すべく、トウコに目配せすると、いそいそとエプロンを脱いで、彼女達の前に立ったのだった。
問いかけたくて……。
しかし、さすがにそこまで踏み込むのも気が引けて、美聖は思いつきのままに問いかけてしまった。
「えーっと、降沢さんは、どうして、画家になろうと思ったのですか?」
「……どうしてって?」
「あっ」
その質問も、まずかったらしい。
降沢は、苦笑していた。
「逆に、問いたいのですが、一ノ清さんは、どうして占い師になろうと思ったのですか?」
「…………それは、その……。子供の頃から興味があって、何となく」
「本当に? なんとなくで、占いを仕事にするものなのですか?」
「ええと、まあ……」
愛想笑いをしながら、頷いてみせた。
その理由を簡潔に語るのは、美聖には気が重い。
(結局、そういうことなんだよね……)
自分が問われて答えにくいことは、相手も一緒という話なのだろう。
黙りこんだ美聖を待っていたかのように、トウコが開店時間を告げた。
今日も急いで、看板を出しに行くと、数人外で待っているではないか……。
二人組と、三人組の……合計五人ものお客様だった。
「申し訳ありません。お待たせいたしました!」
美聖はとびきりの営業スマイルが彼女たちを迎えた。
(来るときは、来るんだよな……)
特に観光地が近い訳でもない。宣伝一つしていない、住宅地と森の中のひっそりとした隠れ家にも関わらず、それでも客が途切れず、やって来るのが素晴らしい。
接客もだいぶ板についてきた美聖は、精力的に、若いお客さんを日当たりの良い、端の席に誘導していった。
(常連さんじゃなさそうだな……)
よくやって来る年配の女性や若い男性など、だいぶ顔を覚えたものの、今日の女性たちは違う。
――とはいえ、鎌倉ハイキング中に疲れて立ち寄ったという感じの装いでもなかった。
(口コミ……かな)
それぞれ、水とおしぼりをトレイに乗せて運ぼうとしていた矢先、二人組の女の子たちの華やいだ声が耳に入って来た。
「良かったね。無事、辿りつけて……」
「おもいっきり、隠れ家だもんね。スマホで探すこともできないし……」
「これも、縁ってことなんじゃない?」
大人しそうなショートカットの少女と、快活そうな長髪の少女が楽しそうに笑い合っている。今日は休日だから、女子高生かもしれなかった。
隠れ家の店を見つけた時の宝物を探し当てたかのような、きらきらした瞳をしていた。
「……だよね。近所のお姉ちゃんが教えてくれてさ。……ていっても、こんな綺麗な喫茶店だったなんて知らなかったけど。なんか、降沢って、おばあちゃんが絵を描いてくれるお店だって言ってたな」
(…………なにっ?)
動揺のあまり、美聖は手にしていたトレイを落としそうになってしまった。
(私、聞いたことない……)
降沢の祖母が絵を描いていたなんて、美聖が知らない話だ。
(元々、この古民家は、降沢さんのお祖母さんのものだって、聞いてはいたけど……)
美聖は、ちらちらと降沢の姿を捜していた。
開店前に、お客さんがいた場合、大抵の場合降沢は奥に引っ込んで、頃合いを見計らって、いつもの席に座っているのが日々の習慣となりつつあったのだが……。
今日は戻って来るのが遅い。
(どこに行っちゃったんだろう……)
美聖が接客をしている間に、自室にでも行ってしまったのだろうか……。
三人組のオーダーを取りながらも、美聖は二人組の彼女達の会話におもいっきり耳を傾けていた。
長い髪の少女がよく透る声で、言い放った。
「でも、絵は無理なんじゃない? おばあちゃんいないし。占いはやっているみたいだけど?」
ショートカットの大人しそうな子が、こくりと小さく頷く。
「うん。昔の話だからね。今、生きているかどうか分からないとは思っていたんだ……」
「一応、店員さんに聞いてみる?」
「いいよ、いいよ」
(…………うっ)
会話が丸聞こえなのに、いいと言われても……。
まさか、彼女がいいと言っているのに、美聖が二人の間に割って入って会話を進めるわけにもいかない。
「でも、もし生きていたのなら、描いて欲しかったな。従姉のお姉ちゃん、そのおばあちゃんに絵を描いてもらってから、玉の輿に乗りかけたらしいからさ」
「すごい! 誰と玉の輿になりそうだったの?」
二人の会話に、三人組の女性たちも興味を持ったようだ。
声を潜めて、耳をそばだてている。
「芸能人……。ほら、最近、活動休止しちゃったけど、ウィザードの」
「すごい! 本当に!?」
「しっ、静かに……」
だが、静かにさせるのは、少々遅かった。
その場の注目を一気に集めたのは、美聖だった。
「…………えっ」
かたん……と、空になったトレイを床に落としてしまった美聖は、失礼しましたと詫びながら、頭を下げ続けた。
(…………今、ここで最上さんの話を聞くなんて!?)
しかも、元彼女の知り合いが来店しているのだ。
こんな偶然があって良いものなのか……。
さすがに、トウコも何事なのか気づいたらしく、定位置のキッチンから、カウンター席に顔を覗かせている。
トウコに相談を持ちかけている隙なく、二人組の長髪の女性の方が手を挙げて、美聖を呼んでいた。
「あっ、店員さん! 注文と……あと、占いもいいですか?」
これは、またとないチャンスだ。
美聖は、あとの接客を託すべく、トウコに目配せすると、いそいそとエプロンを脱いで、彼女達の前に立ったのだった。