石田の話を聞いている間に、車は繁華街を抜け、少し外れにある歓楽街へと入った。その突き当りで停まる。
あたりは低俗な性風俗店や、如何わしい飲食店が立ち並び、昼間でも学生や真っ当な人間が通る所ではないような雰囲気がする。こんなところでなにをするんだと考えながら、恐る恐ると後について行った。
慧は安っぽい風俗看板が掲げてある小さなビルに向かい、そのドアを開けた。そこは小さな応接室のような感じで、どうやら最初に客を通す部屋のようだ。
「もう一度、言ってもらおうか、坂崎さん、うちに支払う金はないと?」
「いや……そうじゃありませんよ、今日は無理だと言ってるだけです」
慧が睨むと、坂崎と呼ばれた五十にさしかかろうという男は、ここのところ店の売り上げが悪くて女の子に出す給料も怪しいのだと説明した。だがそんなことでいちいち大目に見ていたらキリがない、だからどうしたと石田が凄む。坂崎はますます恐縮し、縮こまった。
おそらくこの坂崎という男は店の経営者で、慧が要求しているのはヤクザが縄張り内の店から出店料、管理料などの名目で徴収する金だろう。だがそれで慧や石田が暴力団、ヤクザ者と考えるには少し無理がある。暴力団の内情に詳しいわけではないがどこか甘いような気がするのだ。
なにせメンバーが若過ぎる。これまでの様子では慧がリーダーなのだろうが、慧はまだ十八の子供だ。子供と言うには語弊があるかもしれないが、まだまだ少年の域だろう。それに付き従っている石田や澤田、遠藤など、全て十代から二十代、いってても三十そこそこで、暴力団の構成員としては若すぎる。だがではなんだと聞かれれば上手く言い表せないが、せいぜい不良学生の集団か、その延長といった雰囲気に思えた。所謂半グレというヤツかもしれない。
だいたい坂崎から見れば、慧や石田など息子ほどの年齢だろう。その若造に凄まれて恐縮する様子はひどく奇妙だ。多少怖いといっても若造数名、なにを恐れているのかわからない。
だがその数秒後、自分の考えが甘過ぎたと気づいた。
金はないんだと怯える坂崎を、静かな目で見ていた慧は、表情も変えず一歩を踏み出し、畏まる坂崎の腹を蹴りつける。ガタガタと音をたてて、あたりの椅子や机が倒れ、坂崎が転がる。慧はそこで止めることはなく、倒れた坂崎を蹴り続けた。
腹を蹴り、背中を蹴り、顔面へも爪先が食い込んでいく。坂崎は忽ち血塗れになり、悲鳴を上げて転げまわる。それでも慧は容赦しない。坂崎の顔が原型を留めなくなっても止まない凶行を、裕二は呆然と見つめた。
最初はとめようと考えた。しかし、突然の凶行に、足も思考も止まった。石田も息をつめ、その様子を見守っている。恐れているのか、心配しているのか、顔色は悪い。誰も慧をとめられない。畏怖と心痛の入り混じった表情で、荒れ狂う慧をただ見ていた。
坂崎の意識がなくなる寸前、慧はようやく蹴りつけていた足を止め、血塗れの顔面を覗き込むようにその場にしゃがみこんだ。
「遊びに来てんじゃねえんだよ、さっさと出しな」
冷たく低い声が響く。だが坂崎はもう動けないようだ。慧は坂崎の襟首を掴んで強引に立ち上がらせ、部屋の奥にある机の後ろまで引き摺って行った。そこには小さいが頑丈そうな金庫があり、慧はそれを開けろと命令する。意識朦朧の坂崎は、覚束無い手つきで金庫を開けた。
錠が開いた途端、慧は坂崎を張り倒し、中にあった現金を無造作に掴み取る。ざっと見て十数万円と思われる札を手にした慧は、ゆっくりと立ち上がり、床に倒れている坂崎を、革靴の先で再度蹴りつけた。
「あるじゃないか、隠すなよ、馬鹿が」
蹴られた坂崎は、腫れ上がり、塞がりかけた瞼の隙間から、禍々しい慧の足先を見返していた。口を利く力は残されていないらしい。黙ったまま、恨みがましい目で慧を見ている。
おそらくそれが気に食わなかったのだろう、慧は動けない坂崎の顔面を尖った靴の先で蹴りつけ、唾を吐いた。血が飛び散り、床と靴先に赤い斑点が出来る。それを忌々しそうに見つめ、慧はようやく踵を返した。
だが、そのまま店から出て行こうと、扉に手をかけたとき、慧が開けるより先に、扉が開く。
「きゃっ……ごめんなさいっ」
小さな悲鳴と慌てた謝罪が聞こえた。声の主は、たった今出勤してきたらしい、若い娘だ。水商売に入ってまだ日が浅いのだろう、わざとらしく金色に染められた髪とは正反対に薄化粧で、どこか初々しさを残している。肌のハリもよく、歳も若そうだ。慧はその娘の顔をジッと見つめ、一歩下がった。そこからさらに今度は全身を上から下まで観察するように見て片眉を上げる。
「お前、名前は?」
「え、あの……茜《あかね》です」
「本名か?」
「いえ、本名は菜月《なつき》と言います」
「歳は?」
「にじゅう……いち」
二十一だと答える菜月に、慧は、嘘はダメだなと諭すように話す。すると彼女はすみませんと恐縮し、本当は十九だと答えた。
十九なら、夜の店で働いても法律には触れない。誤魔化さなくていいんだぞと慧は笑った。それにつられて菜月も笑う。その笑顔を楽しそうに見つめる慧は、不思議と歳相応に見えた。さっきまでの凶行が嘘のようだ。
血塗れの店長、坂崎を次の部屋に置いたまま、慧はしばらくその娘、菜月と他愛無い談笑を重ね、数分も経ってから、じゃあまたなと愛想良く片手を上げて別れた。
このアンバランスはなんだろう?
菜月と笑い合う慧は、まるで普通の少年だ。もしかしたら、さっき坂崎という男に暴行していたのは、慧と同じ顔をした別人なんじゃないのかとさえ思える。まさかとは思うが、二重人格じゃないだろうなと、怖くなった。
彼はなにを考え、なぜ自分にこれを見せたのだろう? そんなことをぼんやりと考えながら、裕二も後に続く。
「ねえ慧?」
「なんだ?」
「さっきの、ああいうの、キミはいつもやってるのかい?」
「ああいうの?」
彼の真意が知りたい。
裕二はベンツに乗り込んで二人きりになってから訊ねてみた。慧は何の話だと首を捻る。裕二がなにを聞きたいのか、本当にわからないらしい、不思議そうな顔をしていた。
「さっきのお店でやってたことだよ、人を殴ったりお金を取ったり、ああいうこと」
他人のモノを盗るのはいけないことだ。暴力を振るうのも悪いことだ。そんなことをすれば相手は苦しむし、見ている周りの者も悲しい。自分だって辛いはずだ。だから、そういうことはしてはいけない。
裕二は、まだ善悪の区別もつかない、幼い子供に教え諭すように話し訊ねた。すると慧は相手を哀れむような、少し寂しそうな目をして淡々と答える。
「ああ、いつもやってる、他人を殴ったり蹴ったり、突き落としたり、金を取ったり、店を壊したり、娘を攫ったり……それが俺たちの商売だ」
「攫う? 女の子を?」
「ああそうだ、辺鄙な場所においといても商品はその価値を発揮しない、あるべきところにあってこそ、価値もあがるってもんだ、俺は娘たちに、より儲かる場所と快適なシステムを提供してる、感謝して欲しいね」
娘を攫うと慧は言った。まるでチェーン店の社長が支店を回り、より良い商品をより売れる店へと配置しようとするかのように当然だと話した。
あまり当たり前に話すので彼のほうが正しいような気になる。ついうっかりそうだねと頷きそうだ。だがそれは誘拐ではないのか? だとしたら犯罪だ。
「まさか、さっきの菜月という女の子も、攫う気かい?」
「あの娘はまだだ、あと数ヶ月して、二十歳を超えたら……そのときまだ、商品価値がありそうだったら連れ出してやる」
「そんな……」
慧はそれを悪いことだとはまるで思っていないようだった。自分は彼女らを助けているのだ、劣悪な環境から救い出してやっているのだと聞こえる。
彼女らがなぜあんな風俗店で働くようになったのか、それはわからない。自分の楽しみのためかもしれないし、もしかしたら誰かに騙されて働かされているのかもしれない。彼氏や親の借金のカタに娘が働くと言うのもヤクザ映画やバイオレンス小説などではよく聞く。もし彼女らが不本意な事情でそこにいるのだとしたら、そこから連れ出してやるのは、ある意味人助けだ。
しかし金を取るのはやはり良くないだろう。あれは恐喝、もしくは強盗だ。そこを話すと、慧はそれこそ子供の戯言を聞いたように鼻で笑った。
「本気で言ってるのか? 誰もがやってることだぞ」
「誰もがってそんなわけないだろ、僕はやってない、僕の知ってる人たちだってそんなこと……」
誰もしてないよと話そうとして、言葉は留まった。慧が小さく溜息を漏らす。彼は、聞き分けのない子供の屁理屈を聞き、うんざりしている年寄りのような顔をしていた。
「いいか裕二、この世界、誰もが他人より儲けよう、肥え太ろうとしてる、そのためなら他人の財産だって掠め取る、いちいち相手に同情してたら金はこっちに回って来ない、欲しいもんは奪い取るしかない、それが世の中ってもんだ」
商人は、たとえそれが粗悪品とわかっていても、良い品ですよと消費者を騙し、高額で売りつける。不動産屋も、なんの使い道もない荒地を、お買い得ですよと嘘をついて客に勧める。社長はいかにして、社員に残業代を払わずに多く働かせるか、いかにして有給を使わせないまま会社を辞めさせるかを画策する。保険屋は肝心なときに保険金が支払われないような穴だらけの保険商品を買わせようとするし、いざ何かあったときには、それこそ重箱の隅を突くようにして金を支払わないでいい理由を探そうとする。
どこも同じ、誰も同じだ。どうやって他人を騙し、いかにして自分だけが得をするか、それだけを考えている。それを卑怯だとか良くないことだなどと言っていては騙され搾取されるだけになる。相手はこちらを騙し、少しでも多くぶん盗ろうとしているのだ、こちらもそれなりに武装して防備しなければ潰されてしまう。
攻撃は最大の防御、盗られる側になりたくないなら、盗る側に回るしかないだろうと、慧は話した。
あたりは低俗な性風俗店や、如何わしい飲食店が立ち並び、昼間でも学生や真っ当な人間が通る所ではないような雰囲気がする。こんなところでなにをするんだと考えながら、恐る恐ると後について行った。
慧は安っぽい風俗看板が掲げてある小さなビルに向かい、そのドアを開けた。そこは小さな応接室のような感じで、どうやら最初に客を通す部屋のようだ。
「もう一度、言ってもらおうか、坂崎さん、うちに支払う金はないと?」
「いや……そうじゃありませんよ、今日は無理だと言ってるだけです」
慧が睨むと、坂崎と呼ばれた五十にさしかかろうという男は、ここのところ店の売り上げが悪くて女の子に出す給料も怪しいのだと説明した。だがそんなことでいちいち大目に見ていたらキリがない、だからどうしたと石田が凄む。坂崎はますます恐縮し、縮こまった。
おそらくこの坂崎という男は店の経営者で、慧が要求しているのはヤクザが縄張り内の店から出店料、管理料などの名目で徴収する金だろう。だがそれで慧や石田が暴力団、ヤクザ者と考えるには少し無理がある。暴力団の内情に詳しいわけではないがどこか甘いような気がするのだ。
なにせメンバーが若過ぎる。これまでの様子では慧がリーダーなのだろうが、慧はまだ十八の子供だ。子供と言うには語弊があるかもしれないが、まだまだ少年の域だろう。それに付き従っている石田や澤田、遠藤など、全て十代から二十代、いってても三十そこそこで、暴力団の構成員としては若すぎる。だがではなんだと聞かれれば上手く言い表せないが、せいぜい不良学生の集団か、その延長といった雰囲気に思えた。所謂半グレというヤツかもしれない。
だいたい坂崎から見れば、慧や石田など息子ほどの年齢だろう。その若造に凄まれて恐縮する様子はひどく奇妙だ。多少怖いといっても若造数名、なにを恐れているのかわからない。
だがその数秒後、自分の考えが甘過ぎたと気づいた。
金はないんだと怯える坂崎を、静かな目で見ていた慧は、表情も変えず一歩を踏み出し、畏まる坂崎の腹を蹴りつける。ガタガタと音をたてて、あたりの椅子や机が倒れ、坂崎が転がる。慧はそこで止めることはなく、倒れた坂崎を蹴り続けた。
腹を蹴り、背中を蹴り、顔面へも爪先が食い込んでいく。坂崎は忽ち血塗れになり、悲鳴を上げて転げまわる。それでも慧は容赦しない。坂崎の顔が原型を留めなくなっても止まない凶行を、裕二は呆然と見つめた。
最初はとめようと考えた。しかし、突然の凶行に、足も思考も止まった。石田も息をつめ、その様子を見守っている。恐れているのか、心配しているのか、顔色は悪い。誰も慧をとめられない。畏怖と心痛の入り混じった表情で、荒れ狂う慧をただ見ていた。
坂崎の意識がなくなる寸前、慧はようやく蹴りつけていた足を止め、血塗れの顔面を覗き込むようにその場にしゃがみこんだ。
「遊びに来てんじゃねえんだよ、さっさと出しな」
冷たく低い声が響く。だが坂崎はもう動けないようだ。慧は坂崎の襟首を掴んで強引に立ち上がらせ、部屋の奥にある机の後ろまで引き摺って行った。そこには小さいが頑丈そうな金庫があり、慧はそれを開けろと命令する。意識朦朧の坂崎は、覚束無い手つきで金庫を開けた。
錠が開いた途端、慧は坂崎を張り倒し、中にあった現金を無造作に掴み取る。ざっと見て十数万円と思われる札を手にした慧は、ゆっくりと立ち上がり、床に倒れている坂崎を、革靴の先で再度蹴りつけた。
「あるじゃないか、隠すなよ、馬鹿が」
蹴られた坂崎は、腫れ上がり、塞がりかけた瞼の隙間から、禍々しい慧の足先を見返していた。口を利く力は残されていないらしい。黙ったまま、恨みがましい目で慧を見ている。
おそらくそれが気に食わなかったのだろう、慧は動けない坂崎の顔面を尖った靴の先で蹴りつけ、唾を吐いた。血が飛び散り、床と靴先に赤い斑点が出来る。それを忌々しそうに見つめ、慧はようやく踵を返した。
だが、そのまま店から出て行こうと、扉に手をかけたとき、慧が開けるより先に、扉が開く。
「きゃっ……ごめんなさいっ」
小さな悲鳴と慌てた謝罪が聞こえた。声の主は、たった今出勤してきたらしい、若い娘だ。水商売に入ってまだ日が浅いのだろう、わざとらしく金色に染められた髪とは正反対に薄化粧で、どこか初々しさを残している。肌のハリもよく、歳も若そうだ。慧はその娘の顔をジッと見つめ、一歩下がった。そこからさらに今度は全身を上から下まで観察するように見て片眉を上げる。
「お前、名前は?」
「え、あの……茜《あかね》です」
「本名か?」
「いえ、本名は菜月《なつき》と言います」
「歳は?」
「にじゅう……いち」
二十一だと答える菜月に、慧は、嘘はダメだなと諭すように話す。すると彼女はすみませんと恐縮し、本当は十九だと答えた。
十九なら、夜の店で働いても法律には触れない。誤魔化さなくていいんだぞと慧は笑った。それにつられて菜月も笑う。その笑顔を楽しそうに見つめる慧は、不思議と歳相応に見えた。さっきまでの凶行が嘘のようだ。
血塗れの店長、坂崎を次の部屋に置いたまま、慧はしばらくその娘、菜月と他愛無い談笑を重ね、数分も経ってから、じゃあまたなと愛想良く片手を上げて別れた。
このアンバランスはなんだろう?
菜月と笑い合う慧は、まるで普通の少年だ。もしかしたら、さっき坂崎という男に暴行していたのは、慧と同じ顔をした別人なんじゃないのかとさえ思える。まさかとは思うが、二重人格じゃないだろうなと、怖くなった。
彼はなにを考え、なぜ自分にこれを見せたのだろう? そんなことをぼんやりと考えながら、裕二も後に続く。
「ねえ慧?」
「なんだ?」
「さっきの、ああいうの、キミはいつもやってるのかい?」
「ああいうの?」
彼の真意が知りたい。
裕二はベンツに乗り込んで二人きりになってから訊ねてみた。慧は何の話だと首を捻る。裕二がなにを聞きたいのか、本当にわからないらしい、不思議そうな顔をしていた。
「さっきのお店でやってたことだよ、人を殴ったりお金を取ったり、ああいうこと」
他人のモノを盗るのはいけないことだ。暴力を振るうのも悪いことだ。そんなことをすれば相手は苦しむし、見ている周りの者も悲しい。自分だって辛いはずだ。だから、そういうことはしてはいけない。
裕二は、まだ善悪の区別もつかない、幼い子供に教え諭すように話し訊ねた。すると慧は相手を哀れむような、少し寂しそうな目をして淡々と答える。
「ああ、いつもやってる、他人を殴ったり蹴ったり、突き落としたり、金を取ったり、店を壊したり、娘を攫ったり……それが俺たちの商売だ」
「攫う? 女の子を?」
「ああそうだ、辺鄙な場所においといても商品はその価値を発揮しない、あるべきところにあってこそ、価値もあがるってもんだ、俺は娘たちに、より儲かる場所と快適なシステムを提供してる、感謝して欲しいね」
娘を攫うと慧は言った。まるでチェーン店の社長が支店を回り、より良い商品をより売れる店へと配置しようとするかのように当然だと話した。
あまり当たり前に話すので彼のほうが正しいような気になる。ついうっかりそうだねと頷きそうだ。だがそれは誘拐ではないのか? だとしたら犯罪だ。
「まさか、さっきの菜月という女の子も、攫う気かい?」
「あの娘はまだだ、あと数ヶ月して、二十歳を超えたら……そのときまだ、商品価値がありそうだったら連れ出してやる」
「そんな……」
慧はそれを悪いことだとはまるで思っていないようだった。自分は彼女らを助けているのだ、劣悪な環境から救い出してやっているのだと聞こえる。
彼女らがなぜあんな風俗店で働くようになったのか、それはわからない。自分の楽しみのためかもしれないし、もしかしたら誰かに騙されて働かされているのかもしれない。彼氏や親の借金のカタに娘が働くと言うのもヤクザ映画やバイオレンス小説などではよく聞く。もし彼女らが不本意な事情でそこにいるのだとしたら、そこから連れ出してやるのは、ある意味人助けだ。
しかし金を取るのはやはり良くないだろう。あれは恐喝、もしくは強盗だ。そこを話すと、慧はそれこそ子供の戯言を聞いたように鼻で笑った。
「本気で言ってるのか? 誰もがやってることだぞ」
「誰もがってそんなわけないだろ、僕はやってない、僕の知ってる人たちだってそんなこと……」
誰もしてないよと話そうとして、言葉は留まった。慧が小さく溜息を漏らす。彼は、聞き分けのない子供の屁理屈を聞き、うんざりしている年寄りのような顔をしていた。
「いいか裕二、この世界、誰もが他人より儲けよう、肥え太ろうとしてる、そのためなら他人の財産だって掠め取る、いちいち相手に同情してたら金はこっちに回って来ない、欲しいもんは奪い取るしかない、それが世の中ってもんだ」
商人は、たとえそれが粗悪品とわかっていても、良い品ですよと消費者を騙し、高額で売りつける。不動産屋も、なんの使い道もない荒地を、お買い得ですよと嘘をついて客に勧める。社長はいかにして、社員に残業代を払わずに多く働かせるか、いかにして有給を使わせないまま会社を辞めさせるかを画策する。保険屋は肝心なときに保険金が支払われないような穴だらけの保険商品を買わせようとするし、いざ何かあったときには、それこそ重箱の隅を突くようにして金を支払わないでいい理由を探そうとする。
どこも同じ、誰も同じだ。どうやって他人を騙し、いかにして自分だけが得をするか、それだけを考えている。それを卑怯だとか良くないことだなどと言っていては騙され搾取されるだけになる。相手はこちらを騙し、少しでも多くぶん盗ろうとしているのだ、こちらもそれなりに武装して防備しなければ潰されてしまう。
攻撃は最大の防御、盗られる側になりたくないなら、盗る側に回るしかないだろうと、慧は話した。