男女両方の器官を持つということは性別がないというのではなく、両方の自意識がある、もしくは片方の自意識があるという状態で、安易に女性化の処置をしてしまえば、子供が成長したときに、外見上の性と、自意識の中の性が不一致ということになりかねない。
 本人に意思を聞ければいいのだろうが、あいにく、相手は赤ん坊、まだ自分が男なのか女なのか考えてもいない。そうなるとその処置は親の意思に任される。
 そこで見た目の性を尊重し、男性とするか女性とするかを決めるのが一般的な判断だが、中には子供の自由意思に任せたいという理由で、子供に自我が芽生え、自覚がでてきたとき、自身で性別を選べるようにと、処置を受けさせず育てるという親もいる。慧の母親もそういう人だった。
「つまり、キミは両性……ってこと?」
「違う、まだわかってないな、俺は男だ、ただちょっと普通の男にはない、余分な臓器がついてる。それだけのことだ」
 わかったかと慧は念を押す。だが正直よく理解出来なかった。慧の言うことは屁理屈のようにさえ聞える。どう言い繕っても、男女両方の性を持ち合わせていることに違いない。だいたいあの膨らみを見せ付けられて、男と思えと言われても納得出来難いではないか。
 裕二がそう考えているのを見越したかのように、慧はしょうがないなと呟いた。そしてさらにその身を乗り出す。
「見た目に惑わされるな、見えるものだけが全てじゃない」
「そんなこと言ったって……」
「今までとなにも変わらない、変える必要はない」
 そんなの無理だよ。とは言えなかった。慧は真剣なのだ。彼は自分を女性と思っていない。医学的なことはよくわからないが、女扱いは受けたくないのだろう。

 慧の身体には二つの性が納まっている。本来二つで一組となる卵巣、精巣が、各一つずつあり、未熟ながら子宮もある。それは一人の身体に二人ぶんの生殖器官があるのと同じで、当然相容れない。
 男女どちらにしても本来二つあるはずの器官が一つしかないということになり、どちらも充分な成長が出来ない。スペース的にも充分ではない。結果、両方の性が未発達となり、身体は成人に近づいていくのに性的にはどちらともつかない未分化のままだ。
 当然、ホルモンも充分には分泌されず、いろいろと支障が出てくる。その不具合を修正し正常に動くため、慧は定期的に男性、女性、両方のホルモンを交互に補充する必要があるらしい。
ホルモン治療は普通、戸籍上の性別に沿って行われる。慧の場合は男性として生きるための治療になるのが本当だ。だが力也がそれを許さなかった。
力也は自分を裏切った妻の身代わりとして、慧を選んだ。慧に女性化処置を受けさせ、自分好みの女に育て上げる。そして今度こそ自分の子を生ませる。それが力也の野望だ。
女性化処置は早ければ早いほどいい。できれば一歳前が望ましい。しかし当時はお抱えの主治医の腕からして、完璧な手術は難しく、さりとて外部の医師にこの秘密を漏らすわけにもいかない。そこで手術は一時保留とされ、その代わりいつでも女性化の手術ができるよう、女性としてのホルモン治療が施されることになったのだ。
 女性にも男性ホルモンは必要なので、両方のホルモン投与は行われているが、基本は女性扱いだ。当然顔も声も体も普通の男性よりは女っぽくなる。慧はそれに不満を持ち、中学生になったばかりの頃、主治医に裏取引を持ち掛けた。金を渡すから、こっそり男性用の治療に変えて欲しいと頼んだのだ。
主治医は最初それを拒んだ。主は力也であり、裏切れば大変なことになる。だから出来ないと話したが慧もしつこく食い下がった。そこで自分の性別が決まってしまうのだ、必死にもなる。最後には主治医も折れ、完全に寝返ることはできないが、できる限り、譲歩した治療にしようと約束した。
おかげでなんとか男性としての見た目を保っている。脱いでしまえばバレるが、服を着ていればまず気づかれない。不満はあるが今はそこまでが、ぎりぎり出来る範囲なのだと、慧は忌々しそうに話した。
「つまり、今は、女性ホルモン投与期なんだね」
「ああ、ちょうど今がピークだろ、これが過ぎればもう少しマシになる」
 その話を聞いて裕二もああそうかと納得した。
 先日、曽我部が言っていた。以前、熱を出した慧を、石田らとともに病院へ運び込んだときの話だ。高熱で動けないほど弱っていたはずの慧は医者を見て激昂し、そこにいた全員を殴り倒したという。つまりそれは単なる医者嫌いではなく、診察などされてこの秘密がバレたら困るからだったのだ。
「よく隠してこれたね、本当に誰も知らないのかい?」
「ああ、この世界、舐められたら終わりだからな、知られるわけにはいかない」
 わかるだろうと慧は睨むような強い視線で話す。たしかにその通りだ。もし慧が半分女性だと知れたら、先日の岩瀬という男など、なにをするかわからない。縄張りにしている店の連中も金を出さなくなるかもしれない。いやそれどころか、慧の弱体期を狙い襲い掛かってくるということも考えられる。
 ただでさえ男女間の話は微妙な問題なのだ、慧の仕事や立場を考えれば、絶対に気取られるわけにはいかないだろう。
 もしかしたらそのためもあって、慧はいつも必要以上に相手を痛めつけるのかもしれない。けして悟られないように、万が一にも侮られないように、相手にトラウマ的恐怖を植え付けるため、些細なことにも……いや、些細であればこそ、そこから崩れださないように、締め付けるのだ。
「それはわかるよ……でも、一つ、わからないことがあるんだ」
「なんだ?」
「キミと、結衣子さんの関係だよ、彼女はキミの、なんというか……恋人なんだろう?」
 結衣子は夜、慧と部屋に篭り、翌朝出てきた。二人の関係が普通の恋人同士なら抱き合い愛し合っていて何の不思議もない。しかしこの場合……。
 裕二の疑問に気づいたのか、慧は途端に不機嫌になった。
「結衣子とは寝てない」
「え? だって……」
 人前で熱く口づけを交わし、いかにもこれからそういうことをしますという顔をして、二人で部屋に入って行ったではないか。あれはなんだったったのだと訊ねると、慧はそのほうが都合がいいからだと答えた。
「結衣子は俺の女だと回りに思わせておいたほうがいいんだ、組織のボスに女の一人もいなきゃ箔がつかないだろ、それに、結衣子にはいい見せしめだ」
「そんな言い方……」
「なにが? 向こうから近づいてきたんだぞ、俺の女になりたいんだとさ、こっちはそれに相応の対応をしてやってる、褒めて貰いたいね」
 慧の言葉は酷く投げ遣りだった。事実はどうあれ彼女に愛されていないと知っているかのようだ。
 たしかに、結衣子の本音は見えない。彼女はなぜ曽我部を捨て慧に奔ったのか、そこにはなにか重大な理由があるはずだ。それはなんだろう?
 ふと浮かんだ疑問に裕二は顔を上げる。だがそれを訊ねる前に慧はさりげなく話題を変えた。
「で、さっそくだが裕二、これからちょっとやりたいことがあるんだ」
「え? なに?」
「ああ、岩瀬を覚えてるか?」
「ああ、うん、この前ここへ殴りこんで来た連中のボス、だよね」
「そうだ、あの野郎、最近、煩くてな、ウザイんで消すことにした」
「え、え?」
 慧があまりあっさりと話すので、理解するのに数秒かかった。だがこの場合の消すは、どう考えても殺すという意味だろうと気づいてまた言葉に詰まる。すると慧はソファの上で足を組み替え、両手を背もたれに投げ出し、天井を見つめながら、その理由を話しだした。
「あの類人猿、盃をやるとそればかり言ってるが、魂胆は丸見えだ、俺を手下にして、人の仕事も全部自分の功績にする気なのさ、まあそれだけなら可愛い野心だと見逃してやってもよかったんだがな、こっちの身辺を嗅ぎ回るようじゃ迷惑なんだよ、だから消えてもらう」
「ちょっと待ってよ、僕は……」
 裕二が自分は人殺しなんてしたこともないし考えたこともないと慌てると、慧はお前にそれをにやらせようとは思ってないと笑った。やれと言われても出来ないが、そう頭から当てにしてないといわれると、やはり自分では役にたたないんだと落ちこみそうだ。だが次に来た台詞で、ギョッとして、落ち込むことさえ忘れる。
「安心しろ、岩瀬殺しは曽我部にやらせる」
「え?」
「驚くことないだろ、あいつはすでに鵜飼丈一郎を殺してる、この際、もう一人やってもらおうってことさ」
「ちょっと待って! 曽我部くんは丈一郎さんを殺してないって言ってるよ!」
 いきなりの展開について行けず、裕二は思わず反論した。その途端、慧の顔色が変わる。
「お前! 曽我部に会ったのか?」
 厳しい表情の慧に問われ、澤田に言われて山梨へ向かった話をまだしていなかったと思い出した。それに、曽我部から言付かった話もまだだ。
 曽我部は、慧に一人で来いと言った。そうすれば会うと。
「ぁ、実はさ……」
 個人的には今の二人を会わせるのは良いことではないと思った。曽我部は慧を女性と思っているのだ、そして慧は今まさに女性のような身体をしている。今二人を会わせたら、なにがおきるのか目に見えるような気さえした。だがそれで自分が口を閉ざしても解決には繋がらない。裕二は意を決し澤田に言われて曽我部に会いに行った話をした。すると、慧は急に冷たい表情になり、なるほどなと呟いた。
「澤田の奴も、それほど無能じゃなかったってことか……でもまあ、大事なところを人任せにするようじゃ、まだまだ間抜けだな」
「そんな……」
 澤田は慧に命を捧げている。そう言ってもいいほど彼に忠誠を誓っている。それなのにその言われ方かと思うと気の毒な気がした。しかし一人動揺し悩む裕二にかまわず、慧は話を進める。
「一人で来い? は、面白いじゃないか」
「まさか、行く気?」
「当たり前だ、奴には丈一郎殺しの咎があるんだ、とっ捕まえて鵜飼さんに突き出すさ、もちろんその前に岩瀬だ、来いというなら丁度いい、奴に罪を被ってもらおうじゃないか」