「曽我部もさ、最初は藤宮さんを助けたかっただけだとは思うんだ、けど殺したのは不味かったよ、鵜飼さんの一人息子だからな、どんなバカでもやっぱ子供は可愛いんだ、曽我部を突き出さなきゃ俺たちがどうなるか……わかるだろ?」
仕方がないんだと澤田は呟く。裕二もことの大きさに驚いてはいた。だがまだすっきりしない。
たしかに、その通りだとすれば慧は苦悩するだろう。自分を助けるために友人が殺人を犯した。しかもその被害者は恩人の息子だ。どちらにも義理があり、譲れない。
最優先は恩人、鵜飼の機嫌を損ねないことだ。鵜飼に切り離されたら自分らに未来はない。父親に返す金だってまだ返済は終えていないだろうし、なにより、自分を慕い、廃ビルに集まっている者たちをも路頭に迷わせ、窮地に落とし入れることになる。曽我部を突き出すことで全てが丸く収まるなら、そうする他に道はない。
自分と、自分に連なる者たちを護るため、友人を犠牲にするのだ。そこで苦悩しないわけはない。
だが本当にそれだけか? それだけでは慧がなぜ死のうとしているのかが説明できないような気がする。
苦しくともやり遂げる為になら、曽我部は犠牲にするしかない。そんなことはわかりきっていることだ。そこで自分が死んでしまっては意味がない。そこまで頭が働かないほど精神的に追い詰められているのか、それとも他にまだなにかあるのか?
違う、そうだ、結衣子はどうなっている? 彼女の所在が不明だ。
彼女は最初、曽我部の恋人だったと聞いている。慧と付き合うようになったのはいつだ? 事件の前かあとか……もしあとだとしたら二人は付き合い始めてまだ二週間しか経っていないということになる。それであの雰囲気は納得し難い。かと言って事件より前だとしたらそもそも曽我部は慧を助けになど行かないのではないか? 恋人を奪われたことで怒り、仲たがいしていると考えるほうが自然だ。
「どうかしたのか?」
黙り込んだ裕二に、澤田が声をかける。そこで裕二は思い切ってその疑問を口にした。
「結衣子さんは、いつから慧と付き合うようになったのかな?」
「なんでそんなこと聞くんだよ」
「あ、いやなんか、気になっちゃって……その、だいぶ前から、なのかな?」
「詳しいことは知らねえよ、けど俺が知ってる限りで言えば、一年前あたりじゃないかな」
「一年前……」
「なんだよ?」
「いや、結衣子さんは曽我部の恋人だったって聞いてたからさ、曽我部は恋人を慧に取られた形になるわけじゃない? 喧嘩になったりしなかったのかなと思って」
「ならなかった……と思うぜ」
「なんで?」
「そりゃお前、男の友情のが、女より大事だったってことじゃねえの?」
知らねえよと澤田は惚ける。別になにか隠しているようではなかった。本当に真相は知らないのだろう。
だがもし、恨んでいないというのが形だけの話で、曽我部が慧を憎んでいたとしたら? いつか恨みを晴らそうと虎視眈々と狙っていたとしたら、どうなんだろう?
慧は丈一郎に酒を飲まされ意識不明。ホテルの部屋には丈一郎と慧しかいない。やるには絶好のチャンスだ。それには慧が丈一郎に蹂躙されてからのほうがいい。そのほうが慧に、より苦痛を与えてやれる。
やるだけやれば丈一郎は慧を残し先にホテルを出るかもしれない。そうなればあとは自分の思うままだ。男に犯され傷付いた慧を嘲笑いながら殺すことも可能になる。それに、上手くいけば慧殺しを丈一郎のせいにできるかもしれない。
ホテルに連れ込んで強姦しようとしたが抵抗されたので殺した。それで筋は通る。もしそう考えたとしたらどうなる?
曽我部は丈一郎ではなく慧を殺しに来た。だがなんのはずみか慧ではなく丈一郎を刺してしまった。そして動転して逃走……そのほうがしっくり来るような気がする。
「それで慧は曽我部を探してるんだね、鵜飼さんに突き出す為に」
「ああ、そうさ」
曽我部は慧を殺しに来た。慧もそれを知っている……と仮定したら彼が死にたがるのもわかる。
だが……。
「どうした?」
「ああ、ううん、別に……」
やはりおかしい。考えてみれば、彼が死に向かい始めたのはそんなに最近のことではないはずだ。すくなくとも紗枝と出合ったときはもう死にたがっていた。
ということは直接的理由はそこではないということになる。
慧の絶望の根はどこだろう? ぼんやりとそう考えながらも裕二は話を先に進めた。どちらにせよ曽我部に会わなければと思ったからだ。
「ね、曽我部を探すのはキミ一人に任されてるの?」
「一人じゃないさ、けど責任者は俺だ、他の奴等は別の仕事で忙しい、俺だって暇なわけじゃねえけど、手が空いてるのは俺しかいないんだ……そうだ、お前も部外者とはいえ、藤宮さんの手助けがしたいってんなら曽我部探しを手伝えよ、早く解決させないとヤバイんだ、わかるだろ?」
「そうだね」
ヤバイとはさっきのような殴り込みや、その先の事態を想定しての話だろう。たしかにそれは不味い。ヤクザ間の抗争に巻き込まれてはチンピラ集団の慧たちはひとたまりもないだろう。鵜飼氏の息子殺しから既に二週間、相手だってそろそろ堪忍袋の緒が切れる頃だ。早急に曽我部を見つけ出す必要がある。
「で、手がかりはあるの?」
「当然だろ、俺だってずっと遊んでたわけじゃないぜ」
「凄い、じゃ突き止めたんだね」
「まだ当たりをつけただけだよ」
「どこ?」
「曽我部の母方の祖母ってのが、山梨に住んでるんだ、そんでそのババア、贅沢にも本家の他に別荘を持ってやがる」
「そこにいるかも知れない?」
「ああたぶんな、この近辺は全部探したんだ、奴の実家付近も捜した、曽我部は金も殆ど持たずに逃げてる、長旅は出来ないだろうし、ホテルも無理だ、他に行くところはないだろ」
「そこまで調べたんなら僕の出番はないかな」
「そうでもないさ」
「なにか出来る?」
「ああ、曽我部は俺のことも知ってる、俺が行けば気づかれるかもしれない、見つけ出したはいいが逃げられましたじゃ困るんだ、だからお前が代わりに行って確かめてきてくれ」
「え、でもどうやって……」
「簡単さ、電気のメーターを見ればいい、無人のはずの別荘で電気のメーターが回ってれば誰かいる証拠になる」
そうかと頷く裕二に澤田は一枚の写真を渡した。慧から渡されたという曽我部の写真だ。
その写真は中心よりやや左よりと思われる部分だけのモノで残り半分は切り離してある。おそらくその右側には、慧が写っていたのだろうと察した。
慧はどんな思いでその写真を見つめ、切り離したのだろう? そのときの慧の心情を思い浮かべ、裕二はその痛ましさに唇を噛んだ。
学生時代を共に過ごし親友と呼んだ相手。結衣子を取り合ってもなお、続いた友情。それがどれだけ深いものか……だが次、出合ったとき、二人は敵同士になる。
「曽我部の写真はそれしかないんだ、残りは全部藤宮さんが燃やしちゃってね」
「燃やした……」
「ああ、そうとう頭にきたんだろ、仕方ないさ、親友だと思ってたのに奴は藤宮さんを裏切って逃げたんだ」
「別に裏切ったわけじゃないだろ、曽我部は慧を助けようとしたんだ」
「どうかな、曽我部は抜けたがってた、もしかしたら最初っから逃げる気だったのかもしれないぜ」
「抜けたがってた? なんで?」
「さあな、結衣子さんのことがあったし、やっぱ藤宮さんを恨んでたかもしんねえし、嫌気がさしたとかさ、いろいろあんだろ」
女一人に男が二人、争いになるのは目に見えている。いくら仲のいい友人同士だったといっても、自分の恋人が友人に鞍替えしたら良い気持ちはしないだろう。仲が良かったからこそ、憎しみは増すかもしれない。
だがどうしてもわからない。そもそも結衣子は、なぜ曽我部から慧に乗り換えたのだ? いや、結衣子は本当に慧を愛してるのか? 最初から感じていた疑問だ。彼女には、恋人に対する情熱が見えない。それなのになぜ……?
「あっ」
そのとき突然、前の席に座っていた澤田がビクンと震えて立ち上がった。どうしたのかと見れば、慌ててポケットを探っている。どうやら電話だったらしい。取り出した携帯を耳に当て、畏まって返事を繰り返している。
「悪い、ちょっと別の用事が出来た、俺はもう行くから、お前、曽我部のほうを頼んだぞ」
「え、ちょっと待って、住所は……っ」
まだなにも聞いてないぞと追いすがると、澤田は、ああ、そうかと呟き、テーブルの上に置いてあった紙ナプキンにボールペンで走り書きをした。
「場所はここだ、とにかく曽我部がいるかどうかだけでも確認して来い、もしいたら連絡してくれ」
「電話番号教えてよ」
「うるせえな、今渡す」
急かすと澤田は再び紙ナプキンに電話番号を書き込み、それを手渡した。そして慌しく身を翻す。
「曽我部は熊みたいに怖い顔してんけど、怒らせさえしなけりゃそんなに怖くない、とにかく見つからないようにしろ、ここで逃げられたら厄介だ」
それだけ言い残し、澤田は足早に店から出て行った。
仕方がないんだと澤田は呟く。裕二もことの大きさに驚いてはいた。だがまだすっきりしない。
たしかに、その通りだとすれば慧は苦悩するだろう。自分を助けるために友人が殺人を犯した。しかもその被害者は恩人の息子だ。どちらにも義理があり、譲れない。
最優先は恩人、鵜飼の機嫌を損ねないことだ。鵜飼に切り離されたら自分らに未来はない。父親に返す金だってまだ返済は終えていないだろうし、なにより、自分を慕い、廃ビルに集まっている者たちをも路頭に迷わせ、窮地に落とし入れることになる。曽我部を突き出すことで全てが丸く収まるなら、そうする他に道はない。
自分と、自分に連なる者たちを護るため、友人を犠牲にするのだ。そこで苦悩しないわけはない。
だが本当にそれだけか? それだけでは慧がなぜ死のうとしているのかが説明できないような気がする。
苦しくともやり遂げる為になら、曽我部は犠牲にするしかない。そんなことはわかりきっていることだ。そこで自分が死んでしまっては意味がない。そこまで頭が働かないほど精神的に追い詰められているのか、それとも他にまだなにかあるのか?
違う、そうだ、結衣子はどうなっている? 彼女の所在が不明だ。
彼女は最初、曽我部の恋人だったと聞いている。慧と付き合うようになったのはいつだ? 事件の前かあとか……もしあとだとしたら二人は付き合い始めてまだ二週間しか経っていないということになる。それであの雰囲気は納得し難い。かと言って事件より前だとしたらそもそも曽我部は慧を助けになど行かないのではないか? 恋人を奪われたことで怒り、仲たがいしていると考えるほうが自然だ。
「どうかしたのか?」
黙り込んだ裕二に、澤田が声をかける。そこで裕二は思い切ってその疑問を口にした。
「結衣子さんは、いつから慧と付き合うようになったのかな?」
「なんでそんなこと聞くんだよ」
「あ、いやなんか、気になっちゃって……その、だいぶ前から、なのかな?」
「詳しいことは知らねえよ、けど俺が知ってる限りで言えば、一年前あたりじゃないかな」
「一年前……」
「なんだよ?」
「いや、結衣子さんは曽我部の恋人だったって聞いてたからさ、曽我部は恋人を慧に取られた形になるわけじゃない? 喧嘩になったりしなかったのかなと思って」
「ならなかった……と思うぜ」
「なんで?」
「そりゃお前、男の友情のが、女より大事だったってことじゃねえの?」
知らねえよと澤田は惚ける。別になにか隠しているようではなかった。本当に真相は知らないのだろう。
だがもし、恨んでいないというのが形だけの話で、曽我部が慧を憎んでいたとしたら? いつか恨みを晴らそうと虎視眈々と狙っていたとしたら、どうなんだろう?
慧は丈一郎に酒を飲まされ意識不明。ホテルの部屋には丈一郎と慧しかいない。やるには絶好のチャンスだ。それには慧が丈一郎に蹂躙されてからのほうがいい。そのほうが慧に、より苦痛を与えてやれる。
やるだけやれば丈一郎は慧を残し先にホテルを出るかもしれない。そうなればあとは自分の思うままだ。男に犯され傷付いた慧を嘲笑いながら殺すことも可能になる。それに、上手くいけば慧殺しを丈一郎のせいにできるかもしれない。
ホテルに連れ込んで強姦しようとしたが抵抗されたので殺した。それで筋は通る。もしそう考えたとしたらどうなる?
曽我部は丈一郎ではなく慧を殺しに来た。だがなんのはずみか慧ではなく丈一郎を刺してしまった。そして動転して逃走……そのほうがしっくり来るような気がする。
「それで慧は曽我部を探してるんだね、鵜飼さんに突き出す為に」
「ああ、そうさ」
曽我部は慧を殺しに来た。慧もそれを知っている……と仮定したら彼が死にたがるのもわかる。
だが……。
「どうした?」
「ああ、ううん、別に……」
やはりおかしい。考えてみれば、彼が死に向かい始めたのはそんなに最近のことではないはずだ。すくなくとも紗枝と出合ったときはもう死にたがっていた。
ということは直接的理由はそこではないということになる。
慧の絶望の根はどこだろう? ぼんやりとそう考えながらも裕二は話を先に進めた。どちらにせよ曽我部に会わなければと思ったからだ。
「ね、曽我部を探すのはキミ一人に任されてるの?」
「一人じゃないさ、けど責任者は俺だ、他の奴等は別の仕事で忙しい、俺だって暇なわけじゃねえけど、手が空いてるのは俺しかいないんだ……そうだ、お前も部外者とはいえ、藤宮さんの手助けがしたいってんなら曽我部探しを手伝えよ、早く解決させないとヤバイんだ、わかるだろ?」
「そうだね」
ヤバイとはさっきのような殴り込みや、その先の事態を想定しての話だろう。たしかにそれは不味い。ヤクザ間の抗争に巻き込まれてはチンピラ集団の慧たちはひとたまりもないだろう。鵜飼氏の息子殺しから既に二週間、相手だってそろそろ堪忍袋の緒が切れる頃だ。早急に曽我部を見つけ出す必要がある。
「で、手がかりはあるの?」
「当然だろ、俺だってずっと遊んでたわけじゃないぜ」
「凄い、じゃ突き止めたんだね」
「まだ当たりをつけただけだよ」
「どこ?」
「曽我部の母方の祖母ってのが、山梨に住んでるんだ、そんでそのババア、贅沢にも本家の他に別荘を持ってやがる」
「そこにいるかも知れない?」
「ああたぶんな、この近辺は全部探したんだ、奴の実家付近も捜した、曽我部は金も殆ど持たずに逃げてる、長旅は出来ないだろうし、ホテルも無理だ、他に行くところはないだろ」
「そこまで調べたんなら僕の出番はないかな」
「そうでもないさ」
「なにか出来る?」
「ああ、曽我部は俺のことも知ってる、俺が行けば気づかれるかもしれない、見つけ出したはいいが逃げられましたじゃ困るんだ、だからお前が代わりに行って確かめてきてくれ」
「え、でもどうやって……」
「簡単さ、電気のメーターを見ればいい、無人のはずの別荘で電気のメーターが回ってれば誰かいる証拠になる」
そうかと頷く裕二に澤田は一枚の写真を渡した。慧から渡されたという曽我部の写真だ。
その写真は中心よりやや左よりと思われる部分だけのモノで残り半分は切り離してある。おそらくその右側には、慧が写っていたのだろうと察した。
慧はどんな思いでその写真を見つめ、切り離したのだろう? そのときの慧の心情を思い浮かべ、裕二はその痛ましさに唇を噛んだ。
学生時代を共に過ごし親友と呼んだ相手。結衣子を取り合ってもなお、続いた友情。それがどれだけ深いものか……だが次、出合ったとき、二人は敵同士になる。
「曽我部の写真はそれしかないんだ、残りは全部藤宮さんが燃やしちゃってね」
「燃やした……」
「ああ、そうとう頭にきたんだろ、仕方ないさ、親友だと思ってたのに奴は藤宮さんを裏切って逃げたんだ」
「別に裏切ったわけじゃないだろ、曽我部は慧を助けようとしたんだ」
「どうかな、曽我部は抜けたがってた、もしかしたら最初っから逃げる気だったのかもしれないぜ」
「抜けたがってた? なんで?」
「さあな、結衣子さんのことがあったし、やっぱ藤宮さんを恨んでたかもしんねえし、嫌気がさしたとかさ、いろいろあんだろ」
女一人に男が二人、争いになるのは目に見えている。いくら仲のいい友人同士だったといっても、自分の恋人が友人に鞍替えしたら良い気持ちはしないだろう。仲が良かったからこそ、憎しみは増すかもしれない。
だがどうしてもわからない。そもそも結衣子は、なぜ曽我部から慧に乗り換えたのだ? いや、結衣子は本当に慧を愛してるのか? 最初から感じていた疑問だ。彼女には、恋人に対する情熱が見えない。それなのになぜ……?
「あっ」
そのとき突然、前の席に座っていた澤田がビクンと震えて立ち上がった。どうしたのかと見れば、慌ててポケットを探っている。どうやら電話だったらしい。取り出した携帯を耳に当て、畏まって返事を繰り返している。
「悪い、ちょっと別の用事が出来た、俺はもう行くから、お前、曽我部のほうを頼んだぞ」
「え、ちょっと待って、住所は……っ」
まだなにも聞いてないぞと追いすがると、澤田は、ああ、そうかと呟き、テーブルの上に置いてあった紙ナプキンにボールペンで走り書きをした。
「場所はここだ、とにかく曽我部がいるかどうかだけでも確認して来い、もしいたら連絡してくれ」
「電話番号教えてよ」
「うるせえな、今渡す」
急かすと澤田は再び紙ナプキンに電話番号を書き込み、それを手渡した。そして慌しく身を翻す。
「曽我部は熊みたいに怖い顔してんけど、怒らせさえしなけりゃそんなに怖くない、とにかく見つからないようにしろ、ここで逃げられたら厄介だ」
それだけ言い残し、澤田は足早に店から出て行った。