そして、現在の日付は、七月三十一日。

 夏も本格化していき、八月を迎える前に日本列島は連日のように猛暑日を記録していた。

 俺はいつものようにクーラーの効いた図書室で、先輩の隣に座り本を読んでいた。

 殆ど毎日課題をしてしまったせいで、夏休みの課題はあっという間に終わってしまった。昔は課題を片づけるのに苦労した記憶があったのだが、集中して取り組めばこんなに早く終わってしまうのかと、喜びよりも虚無感のほうが強く印象に残った。

 紗季先輩も、三年生なので指定の課題はないようだが、毎日午前中は何かの参考書を開いて勉学に励んでいる。

 ただ、昼食を摂ったあとの午後からは、読書の時間にあてているようだった。

 今、先輩が読んでいるのは、坂口安吾の『白痴(はくち)』という小説だった。

 そして、紗季先輩は最後のページを捲ると、名残惜しそうに本を閉じて、自分の机の前に置いたのちに、紗季先輩は俺に問いかける。

慎太郎(しんたろう)くんは、この作品を読んだことはあるかい?」

「……すみません。正直、あまり詳しくは……」

 素直に『読んだことがない』と言わなかったのは、図書委員としての見栄というよりは、紗季先輩の前であまり情けない所を見せたくないという気持ちのほうが強かった。

「まあ、簡単なあらすじになるんだけど、戦時下で映画の演出家見習いをしていた男と、隣家の女性との関係を描いた作品でね」

 紗季先輩は、憂いを帯びた表情で俺にそう語ってくれた。

「戦時下という舞台設定もあって、人間が抱く『愛』について考えさせられる作品だよ。もしよかったら、時間があるときに目を通すことをお勧めするよ。それに、私も慎太郎くんがどう感じたのか、少し興味があるからね」

 紗季先輩は、俺の目をじっと見ながらそう告げた。

 いつもなら、俺は「わかりました」と言って、なんならそのまま先輩から借りていくくらいのことはするのだが、何故か今回だけは、そんな風には思えなかった。

 違和感があったのだ。

 何か、根本的な違い……先輩がいつものように本を薦めてくれているだけじゃないような気がしたのだ。

 しかし、その答えがわからないまま、先輩が視線を逸らしてしまったので、この話はそのまま終わりとなってしまった。