「高野山君だよ」と言われて、全身の毛が逆立つような感覚がした。目の前にいる彼女は、まるで綸ではないのに、ところどころ彼女の面影を残している。もしも化け物がこの世に存在するとして、そんなものが知っている人間を取り込んだりしたら、こんな風なのだろうか。おれは綸に、高野山君と呼ばれたことはなかった。

 「中学校三年間違うクラスだったからね。……三年は会ってないね」

 「そうだよね。いやあ、まさか同じ学校にいたなんて」

 「本当。びっくりだよ」

 脇の下を汗が伝う。変に冷たいような湿ったような感じがして、体が震えそうになる。

 「素敵な偶然だね」とヒガキが言った。「夜久さんとは結構仲よかったの?」と、誰にともなく尋ねる。

 「ああ、小学生の頃によく遊んだんだよ」とおれが答えた。

 「そうなんだねえ」とヒガキは楽しそうに頷く。

 「高野山君ってば幸せ者だねえ、こんな美人な幼馴染がいるなんてえ」

 からかうように言うヒガキへ、おれは照れ笑いを意識した愛想笑いで応える。

 「これ、やっぱり貰えないから」と、綸は軽く握った手を差し出した。拒む気にもなれずに手のひらを差し出すと、彼女は小銭を載せた。百円玉一枚と十円玉二枚。この間の水のお金だろう。

 「ああ。……体調、大丈夫?」

 「もうすっかり」と微笑む彼女は、やはり美しい。そしてその笑みの奥には、あの頃と同じように、庇護欲を煽るなにかがこちらに背を向けている。

 「それじゃあまたね」と、誰にともなく小さく手を振って、綸はヒガキと一緒にどこかへ歩いていった。ヒガキの後ろ姿が、綸の後ろ姿に、飛び寄るように肘を当てた。綸の後ろ姿は、それに穏やかな笑みでなにか答えている。

 「よし」と、ようやく押村さんが口を開いた。「高野、お金もらったんだしジュース買ってきて」

 「え?」

 「私は麦茶ね。とせちゃんは無糖紅茶」

 「しょうがないなあ」と答えて、おれは自動販売機の立ち並ぶピロティへ向かって歩き出した。