しかもさ、と押村さんは呟いた。

 「そのせいでね、その子、変わっちゃったんだよ」

 唾を飲もうとして、今、口の中が乾いていることを知った。

 「よく笑うようになった」

 それが好転を意味しているわけではないことくらいはわかった。

 「顔じゅうでね、そう、もう、花が咲くみたいに、ぱあっと笑うようになったの。それってさ、私がその子を助けられなかったってことなんだよ。決してそんな風に笑わなかった子がさ、ある日突然、満面の笑みを浮かべるようになったんだよ。その子は、私が壊したの。そして、私はそれから逃げた」

 最っ低だ、と押村さんは唇を噛む。

 彼女は笑えるようになったってことなんじゃないの、という、おれ自身が縋るように抱いた淡い期待は、声には乗せられない。違うとわかっているからかもしれないし、否定されるのが怖いのかもしれない。

 「私さ、もうあんな笑顔って見たくないんだよ。……すっごくかわいくて、純粋な笑顔なんだけどさ。どうしようもなく悲しい笑顔なんだよ。まるで、『私だって、こんな風に笑えるんだよ』って訴えてるみたいな笑顔なんだよ」

 押村さんの声が、涙が滲んでいるように震えていた。

 「もう、見たくないんだ。あんな悲しい顔」

 ここまで聴いて、はっとした。「青園……」

 押村さんはなにも言わなかった。

 そうだ。押村さんはやはり、自分の基準に沿って接する人を決めていたのだ。今にも壊れてしまいそうな人に、手を差し伸べていた。……しかし、わからないこともある。

 「……おれは?」

 おれには、どうして声を掛けてきてくれたのだろう。押村さんのおかげで、学校生活は愉快になった。それはもう、休日がそれなりにしか充実したものでなくなるくらい。けれど、おれは心身ともに健康優良児だ。

 「高野はね、優しいからだよ」

 「……優しい……」

 「そう。高野は優しいの。私、高野に憧れてるんだあ」

 おれは小さく苦笑する。照れ隠し、とも言うかもしれない。

 「おれは、優しくなんかないよ。……おれは、空っぽなんだから」

 「うん、知ってる」押村さんはなんでもないように言った。顔を見ると、「高野がそう思ってること」と、目元を濡らしたまま、いたずらに笑った。