「で、君は?」と高野は言った。「ん?」と返しながら、私は隣の席に着く。持ち主は欠席だ。
「どんな人なの?」
「押村明美だよ。説明、明星の明より明治の明の方が好きだった? あ、なんなら説明の明とかね」
「いや、そうじゃなくて。押村さんは、好きな食べ物とか教えてくれないの?」
私はお弁当箱を取り出す手を止めた。「おや、あっしに興味がおありですけい」と高野を見る。
「まあ……」
「あっしにゃあ近づかん方がいいですぜい。碌な商売してねえっすから」
「むしろどんな商売してんの」と高野は苦笑する。私も同じように笑い返した。お弁当を出して、開いた包みの上で蓋を開ける。下の段に海苔醤油ごはん、上の段にはちょこちょこと和食が詰めてある。
「じゃあ、高野から訊いてみてよ。一人でべらべらしゃべってちゃあ、自己顕示欲の塊みたいじゃん?」
実際そうじゃねえか、と高野は言わなかった。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「チョコパン。コロネとかチップが散らしてあるスティックパンとかね」
「苦手な食べ物」
「ナッシング」
「じゃあ、身長……?」
「百六十四」中途半端だよね、と私は笑った。「モデル目指せるほど高くないし、普通のジェーケーにしちゃあでかい」
「そうかな。でかいとは思わないけど」
「あら、そう? 高野ってば優しい」
冗談ぽく、だけれど、言って少し後悔した。高野の纏う雰囲気が、少し変わったのだ。なにかを思い詰めるような、自分がそうする理由を探しているような、そんな表情を、ほんの一瞬、高野がしたのだ。
私はごはんを一口、口に入れた。お弁当のごはんは冷たくてもおいしいから不思議だ。
「そういえばさ、私、濃いめに淹れた麦茶を炭酸水で割ったやつが好きなんだけどさ、飲んだことある?」
「いやあ、ない」と高野は首を振る。
「話せば長くなるんだけどさ」と言っても、彼は「うん」と一つ頷いて私の言葉を待った。
「ビールってあるじゃん」高野が頷くのを感じながら、私は筍の煮物を口に入れた。
「お正月とかに親戚で集まってさ、そうすると、おじさんたちが飲むんだよ。あの大人の飲み物を。それにさ、私たち子供はまあ興味を持つんだわ。で、訊くのよ、大人たちに。『ビールってどんな味すんのー?』って。するとね、悪い大人は言うのよ。『どれ、気になるならあいつのを飲んでみればいいじゃねえか』と。
いや、当然それは本当のビールじゃないよ? 帰りに車の運転があるっつってノンアル飲んでる人のやつってことなんだけど、やっぱり怖いじゃん。ノンアルコールって言っても、結局最後にビールってついてるからさ。なんなら、直前にノンって否定してても改めてアルコールって言ってくるし。もう匂い嗅ぐのも怖くてさ。
だけどやっぱり、ビールってのがどんな味なのか、どんなものなのか気になるっていうループにはまり込んでね。そんでね、ある時賢いおばさんが言ったんだよ。『それなら、麦茶と炭酸水を混ぜてみたらどうかな』って。それで、なんとなく味の雰囲気はわかるんじゃないかって」
「ほう」と高野が興味ありげに相槌を打つ。
「したら、そこにあった麦茶と炭酸水で作ってくれてさ。でも正直、それはあんまりおいしくなかったんだよ。なんか麦茶っぽい炭酸水っていうか、しゅわしゅわする薄ーい麦茶っていうか、そんな感じで」
「ああ……。なんか嫌だな、それ」
「でしょう」と私は苦笑した。
「それでその宴会は終わったんだけど。そんで後日、お母さんがパックで麦茶作ってくれたんだけど放置しすぎて濃くなっちゃって、水で薄めようってことになったんだけど、そこでふと思い出して、炭酸水で薄めたんだよ。そしたら、果たしてそれがビールっぽいのかはわかんないんだけど、なんかおいしいのよ。ただのしゅわしゅわする麦茶なんだけどさ、それがなんか面白くて」
「へええ。しゅわしゅわする麦茶か……。え、その時の麦茶はちゃんと味してるの?」
「そうそう。ちゃんと、しゅわしゅわした麦茶なんだよ。それがね、飲んでるうちに癖になる感じで、まあー、結局、はまったっていう」
「へええ。え、おいしいの?」
「やっべ、すっげえ旨いんだけど!ってほどではないけど、面白いんだよ」
「面白い……。え、じゃあ不味くはないんだ?」
「うん。決して不味くはないの。で、飲んでいくうちに麦茶に含まれたしゅわしゅわが癖になって、普通の麦茶じゃ物足りなくなるっていう」
「へええ……。今度やってみようかな」
「うん、興味あったら是非」
「どんな人なの?」
「押村明美だよ。説明、明星の明より明治の明の方が好きだった? あ、なんなら説明の明とかね」
「いや、そうじゃなくて。押村さんは、好きな食べ物とか教えてくれないの?」
私はお弁当箱を取り出す手を止めた。「おや、あっしに興味がおありですけい」と高野を見る。
「まあ……」
「あっしにゃあ近づかん方がいいですぜい。碌な商売してねえっすから」
「むしろどんな商売してんの」と高野は苦笑する。私も同じように笑い返した。お弁当を出して、開いた包みの上で蓋を開ける。下の段に海苔醤油ごはん、上の段にはちょこちょこと和食が詰めてある。
「じゃあ、高野から訊いてみてよ。一人でべらべらしゃべってちゃあ、自己顕示欲の塊みたいじゃん?」
実際そうじゃねえか、と高野は言わなかった。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「チョコパン。コロネとかチップが散らしてあるスティックパンとかね」
「苦手な食べ物」
「ナッシング」
「じゃあ、身長……?」
「百六十四」中途半端だよね、と私は笑った。「モデル目指せるほど高くないし、普通のジェーケーにしちゃあでかい」
「そうかな。でかいとは思わないけど」
「あら、そう? 高野ってば優しい」
冗談ぽく、だけれど、言って少し後悔した。高野の纏う雰囲気が、少し変わったのだ。なにかを思い詰めるような、自分がそうする理由を探しているような、そんな表情を、ほんの一瞬、高野がしたのだ。
私はごはんを一口、口に入れた。お弁当のごはんは冷たくてもおいしいから不思議だ。
「そういえばさ、私、濃いめに淹れた麦茶を炭酸水で割ったやつが好きなんだけどさ、飲んだことある?」
「いやあ、ない」と高野は首を振る。
「話せば長くなるんだけどさ」と言っても、彼は「うん」と一つ頷いて私の言葉を待った。
「ビールってあるじゃん」高野が頷くのを感じながら、私は筍の煮物を口に入れた。
「お正月とかに親戚で集まってさ、そうすると、おじさんたちが飲むんだよ。あの大人の飲み物を。それにさ、私たち子供はまあ興味を持つんだわ。で、訊くのよ、大人たちに。『ビールってどんな味すんのー?』って。するとね、悪い大人は言うのよ。『どれ、気になるならあいつのを飲んでみればいいじゃねえか』と。
いや、当然それは本当のビールじゃないよ? 帰りに車の運転があるっつってノンアル飲んでる人のやつってことなんだけど、やっぱり怖いじゃん。ノンアルコールって言っても、結局最後にビールってついてるからさ。なんなら、直前にノンって否定してても改めてアルコールって言ってくるし。もう匂い嗅ぐのも怖くてさ。
だけどやっぱり、ビールってのがどんな味なのか、どんなものなのか気になるっていうループにはまり込んでね。そんでね、ある時賢いおばさんが言ったんだよ。『それなら、麦茶と炭酸水を混ぜてみたらどうかな』って。それで、なんとなく味の雰囲気はわかるんじゃないかって」
「ほう」と高野が興味ありげに相槌を打つ。
「したら、そこにあった麦茶と炭酸水で作ってくれてさ。でも正直、それはあんまりおいしくなかったんだよ。なんか麦茶っぽい炭酸水っていうか、しゅわしゅわする薄ーい麦茶っていうか、そんな感じで」
「ああ……。なんか嫌だな、それ」
「でしょう」と私は苦笑した。
「それでその宴会は終わったんだけど。そんで後日、お母さんがパックで麦茶作ってくれたんだけど放置しすぎて濃くなっちゃって、水で薄めようってことになったんだけど、そこでふと思い出して、炭酸水で薄めたんだよ。そしたら、果たしてそれがビールっぽいのかはわかんないんだけど、なんかおいしいのよ。ただのしゅわしゅわする麦茶なんだけどさ、それがなんか面白くて」
「へええ。しゅわしゅわする麦茶か……。え、その時の麦茶はちゃんと味してるの?」
「そうそう。ちゃんと、しゅわしゅわした麦茶なんだよ。それがね、飲んでるうちに癖になる感じで、まあー、結局、はまったっていう」
「へええ。え、おいしいの?」
「やっべ、すっげえ旨いんだけど!ってほどではないけど、面白いんだよ」
「面白い……。え、じゃあ不味くはないんだ?」
「うん。決して不味くはないの。で、飲んでいくうちに麦茶に含まれたしゅわしゅわが癖になって、普通の麦茶じゃ物足りなくなるっていう」
「へええ……。今度やってみようかな」
「うん、興味あったら是非」