ひくひくとしゃくりあげる背を、そっと、ゆっくり、規則的に叩いた。大丈夫、大丈夫と、祈るように胸の内で繰り返した。静も、綸も、昨日の彼も、教室の少女も、許しを請うた彼女も、おれの知らない他の人も、きっと、大丈夫。

 小さく声を漏らして、その人はそっと離れ、おれを見た。その目が、静に似ている気がした。

 「……おれのこと、わかる?」

 その人は何度も頷いて、また頬を濡らした。

 「高野山君……」

 また抱きしめたくなった。ああ、静が生きている。静がおれを見て、おれの名前を呼んだ。声は女の子だけれど、この中に、静が残っている。

 「小さい頃は、空君って呼んでた。……セイって名前をくれた、静かって字をくれた。誕生日もくれた、将来を……描かせてくれた、名前を呼んでくれた、一緒にいてくれた、それから……」

 「もういい、もう充分だ」それだけ静が残っていてくれれば、これ以上に望むものはない。

 けれどその人は首を振る。「全部、全部思い出した」と。

 「教室で、落ち着かせてくれた。水をくれた。小学生の頃、ずっと一緒に遊んでくれた。旅行から帰ってきた時、お土産をくれた。誕生日に、コンビニでアイスを買ってくれた、一緒に食べてくれた」

 ああ、そんなこともあったなと思い出す。夏休みに家族で北海道へ旅行に出掛けた時、友達に一つずつ、雑貨を買って帰った。いつかの誕生日には、一本百円もしないアイスバーをコンビニで一本ずつ買って、二人で食べた。綸も、生きている。その事実が狂おしいほどに愛おしくて、おれはぎゅっと抱きしめた。「痛い」と声が小さく笑って、「ごめん」と力を緩める。

 「……綸」

 「うん、綸」と笑うその顔は、小学生の頃とは違った。ふわりとかわいらしい笑みなのだけれど、当時の笑みからすっぽり、悲しさが抜けている。ああ、おれはこの笑顔が見たかったんだ。

 しばらく迷ってから、おれは、「静」とも呼んでみた。

 「ちゃんと、覚えてる」と、その人は頷いた。「高野山君と、キッチンカーで日本一周するんだ」と、静が笑った。綸のようなのに、静だった。

 「……ありがとう」

 生きていてくれて、生まれてきてくれて、ありがとう。ここまで頑張ってくれて、ありがとう。

 おれはそっと、その人の髪に唇を当てた。「おかえり。そして、おめでとう」と。

 綸が、静が、昨日の彼が、教室の少女が、許しを請うた彼女が、一つになった。夜久綸が、やっと生まれた。帰ってきた。