「綸のこと、ちょっと思い出したんだ」と静は言った。

 「思い出した?」

 「そう。だから、あんなことが言えたんだ」

 「押村さんに?」

 「うん」

 「……綸は、どんな人なの?」

 「子供みたいな人だよ」と、静は穏やかに答えた。「気に入らなければ怒るような人」と。

 「……そうなんだね」

 ではあの日も、あの少年に対してなにか気に入らないことがあったのだろうか。それなら、あの日の少女が、本当の綸ということか。水を買って戻った後は、きっと静だ。

 「一度だけ、意識が飛ばなかったことがあったんだ。ほら、あの日言ったでしょう、意識が飛んで、目が覚めたらその場所が壊れてるって。でも、目が覚めるというより、少しずつ戻ってきたような感覚がした時があったんだ。その時、少し考えてみると、強い感情に支配されて、どうしようもなくなってたって気づいた。それが夜久綸の素顔なら、きっと、気に入らないことがあれば怒る、子供みたいな人」

 「……そっか」

 「でも、それ以外はなにも。おれがどうしてここにいるのかも、正直わからない。確かに部屋を散らかすし、その後にちゃんと片付けるようではなさそうだけど、そんなことのためにこんなことが起きるとは思えない」

 「……うん」

 「でもね、本当のところ、おれは今、すごい幸せなんだ。名前があって、誕生日がある。名前を呼んでくれる大好きな友達もいる」

 また顔が熱くなった。「なんか、照れる」と笑ってみるけれど、なにも変わらない。

 「でも本当だよ。おれは高野山君が好きだし、高野山君しかいない。こんな風に話せる人がね。でも、それだけですごく満ち足りてる。年齢が高校二年生だって言ったって、どこか他人のことみたいに感じるし、不完全なんだけどさ。でも、これでいいんだ。もう、これ以上なにも要らない」

 男相手になに言ってんだろうね、と静は顔を赤くする。ああばかみたい、と笑う。全然そんなんじゃないのに、と。

 「親友、って、こんな感じなのかな」思ったことを、言葉に直してみた。

 「親友……」と復唱して、「なんか、漫画みたいな言葉」と静は笑う。

 「おれの人生にはもったいないか」と言った声が、「おれの人生にはもったいないよ」と笑う静の声と重なった。何秒か置いて、「最高だ」と静は笑った。明るく、無邪気に、少年らしく。