綸じゃなくていい、君は君でいい。高野山君は、そう言った。そして、泣いた。なんて優しい人だろうと思った。優しいというよりも、行き過ぎてお人好しにも見えるくらいだった。

 もう一度、空を見る。いつかおれが消えたら、高野山君はどうするのだろう。また、あんな風に泣くのだろうか。いや、帰ってきた綸にもう一度、恋をするのだろう。それを邪魔するおれに、どうして名前までくれたのだろう。つくづく、お人好しだ。いっそ、ばかとも言えるかもしれない。簡単な形を選ばず、敢えて厄介な形を取る。おれを疎むのは簡単なのに、手を握った。名前をくれた。

 ――あれ……。

 おれはどうして、高野山君が綸に恋をしていると思っているのだろう。……綸が高野山君に恋をしていて、そう思いたいのだろうか。その願いをなんとなく感じているおれが、それを事実のように捉えているのだろうか。

 先ほどよりも少し遠く感じられるようになってしまった青空へ、手を伸ばしてみる。青の温度も、雲の柔らかさも、わからない。本当のところ、高野山君が綸をどう思っているのかもわからない。けれど一つだけ、確かなことがある。

――高野山君、君は最高だよ。――彼は本物のばかで、最高に優しくて、お人好しで、救いようがない。だけど、おれはそんな彼が大好きだ。もしも綸が帰ってきて、それで彼が喜ぶのだとしたら、幸せになるのなら、いっそ、消えてもいいかもしれない。静の名前を抱いて、記憶も感情も引き継いで生まれ変わった今日という日を慈しみながら、永遠に眠ろう。

 この感情は、なんと言うのだろう。憧れ、尊敬。どちらもしっくりとはこない。友愛、というものだろうか。それなら少し、似ているような気もする。この気持ちがなんであれ、おれは今、確かに生きている。一人の人間として、生きている。それがこんなにも愛おしいものだとは。