押村さんが「そろそろ帰るかー」と言う直前、静は「おれのことは誰にも言わないで」と釘を刺した。「日垣さんにも、明美にも」と、「もちろん、青園さんにもだ」と。明美、というのが、耳に残った。それと同じくらい、静が綸であろうとするのが悲しかった。

 三人と合流した後の別れ際、「また明日」と手を振った時、「ばいばい」と笑ったのが、おれの知っている“綸”であったのが、より悲しかった。彼の言う“世界”は、どんなものなのだろう。

 「夜久先輩って、ふとした表情がすごいですよね」と、青園が言った。

 「すごい?」とおれ。

 「綺麗と言うかなんというか。本当は裏で芸能活動とかしてるんじゃないですかね。そこらの女優よりかわいい気がしますし」

 「なかなかそこらに女優さんはいないけどね」

 「それなら私だって負けないと思うけど」と言う押村さんに、「なに言ってんですか」と青園。

 「夜久先輩の顔見たことあります?」

 「そりゃあもちろん。今日だってばっちり見たし」

 「じゃあどうすればそんなことが言えるんですか」

 「私だって立派な美少女でしょう?」

 「そうですかねえ……。少女って感じがあまりしないんですよねえ……。なんか、古き良き趣があるような感じさえして……貫禄っていうか」

 「絶対ばかにしてるでしょ」と押村さんが苦笑する。「美少女と言うには古臭いとか、野暮ったいって言いたいんでしょう」

 「嫌だな、そこまで言ってないですよ。思っただけで。言おうとも思いませんでしたよ」

 おれは思わず噴き出した。「肯定した上に別の攻撃かましてきた」

 「高野、笑いごとじゃないから」

 「本当ですよ」と青園も唇を尖らせる。「私、冗談でこんな酷いこと言いませんから」

 「待てこら」と押村さんが反応する。「冗談であれよ。せめて冗談であれよ。冗談であったとしても、言っていいことと悪いことがあるってお説教しなきゃいけないレベルなのにさ」

 「嫌だなあ、心の狭い人は嫌われますよ?」

 「広さの問題じゃないんだよ、もう。鋼のメンタル持ってなきゃ耐えらんないほどのことを言ってるのよ、君」

 「そんなにですかね」と言う青園に、「おれだったら泣いてる」と答える。

 「冗談の通じない先輩たちですねえ」と言う青園に、押村さんが「このガキ」と返す。「どんでん返しです」と言う彼女に、押村さんは「どっちかって言うと手のひら返しなのよ」と返す。「おお上手い」と笑うと、「そうかあ?」と返ってきて、「なんでだよ」と返した。

 青園が愉快そうに笑う。「私、皆さんのこと大好きなんですよ」

 「知ってる」と答えた声が、押村さんのものと重なった。「なんだこの人たち」と言う青園へ「おれがそう思ったらそうなんだ」と答えた声もまた、押村さんの「私がそう思ったらそうなんだよ」と言うのと重なった。「仲良しですね」と笑う青園の笑みに、愛らしさがあった。