「なに笑ってんだよ。気持ち悪い」
思い出に浸っていたところ、涙の暴言で現実に引き戻される。しかし小豆は涙を睨まない。むしろ微笑んでいる。
「るー君がその顔で恋は悪いものじゃないって言ってたんだなって思ったら、おかしくて」
「ああ、それな、嘘だ」
「嘘なの?」
小豆は一年越しの真実に驚きを隠せない。しかし涙は注文の品を作りながら、平然と話を進めていく。
「冷静に考えてみろよ。店とどっちが大切かって言われてフラれた俺が、そんなこと思うと思うか?」
納得するしかなかった。恋を大切に思う人であれば、そのようなことを言われるはずがない。
「じゃあ、なんであんな嘘を?」
「まだガキの小豆が、恋愛をいらないものと決めてしまうには、早いと思ったから」
「ガキって、五つしか変わらないじゃん」
小豆は頬を膨らませる。
「黙って聞け」
その横暴さでさらに不服そうにするが、小豆はしぶしぶ文句を飲み込んで、涙の話を聞くことにした。
「俺にとっては、この店が一番大切なものだ。でもそれは人によって違って、恋愛が一番って人もいる。もしかしたら、小豆もそうかもしれないだろ」
それは仮定の話で、あまり腑に落ちなかった小豆は、適当に相槌を打った。
「ここを大切にするくらい、彼女のことも大切にすればよかったのに」
「二兎を追う者は一兎をも得ず。そんなに同時にいくつも大切にできねえよ」
涙の言葉に、小豆は笑う。涙はバカにされているような気がして、面白くなさそうな顔をする。
「るー君は不器用だよね。誰かへの優しさもわかりにくい」
「うるせえ。さっさと運んでこい」
完成したカフェラテとカフェモカがカウンターに置かれる。
「まあこれを飲めば、みんな、るー君が優しいってことがわかるけど」
小豆はカップをお盆に乗せながら言った。その意味が読み取れず、涙は不思議そうにする。
「るー君が淹れるコーヒーは、優しい味がするから」
「飲めない奴がなに言ってんだか」
得意げに言う小豆を、涙は鼻で笑った。
ここは小さな幸せを提供する喫茶店『tear』。
今日もまた、優しいコーヒーに癒されたいお客様がドアを開ける。