小豆が『tear』に来なくなって、三日が経とうとしている。涙はそれだけ小豆が一人で悩んで決めようとしているのだと思い、あまり心配はしていなかった。

 慣れた手つきでブレンドコーヒーを淹れ、窓際に座る男性客に運ぶ。

 彼は小豆がお菓子を渡そうとしている男性で、いつも本を読んでいる。

 涙はその程度にしか思っていなかった。

 しかし今日その客がテーブルに出していたのは、本だけではなかった。手元に見覚えのあるシンプルな茶色い袋がある。

「それ」

 涙は思わず声を出してしまった。

 男性は顔を上げる。涙が茶色の袋を見ていることに気付くと、申しわけなさそうな目をする。

「すみません、持ち込み禁止でしたか?」
「いえ、そういうわけでは」

 否定しながら、小豆がちゃんと渡すことができたのだと思い、少し安心した。どうやら突き放してしまったことに対して、心配の思いがあったらしい。

「ごゆっくりどうぞ」

 軽く頭を下げてその場を離れようとするが、男性に呼び止められた。

「あの、少しだけ、お話できませんか」

 名前も知らない相手にそんなことを言われる理由がわからず、涙は首を傾げる。彼は涙の反応を見て、説明を加える。

「tearに行って店主と話せば、心が軽くなる。昔その噂を知った姉と来たことがあるんです」

 少しずつ、その客が言おうとしていることがわかった。

 普段なら、もうそういうことはしていないと、断るところだ。

 しかし今回は、小豆が関わっている話かもしれないため、簡単に断ることができなかった。

「少しだけですよ」

 その言葉が出るまで、結構な間があった。そのため、それを聞いて男性は緊張から解放されたかのような反応を見せた。

 彼はすべての荷物を持って、カウンター席に移動する。コーヒーは涙が先に運んでいる。

「僕、椿木優夜といいます」

 椅子に座ると、思い出したように自己紹介をした。

「結月涙です」

 相手に名乗られて自分が言わないわけにはいかず、涙は嫌そうに名を口にする。

 しかしながら、涙は聞き上手なわけではないため、そこから会話が広がらない。優夜はコーヒーを飲んで間を持たせる。

「お気付きだとは思いますが、僕が話したいのはこれのことです」

 優夜は自ら切り出し、小豆が渡したであろう袋を見せる。

「これを渡してきた子が、ここで結月さんとお話ししていたところを何度か見たことがあります。結月さん、彼女とお知り合いなんですか?」
「そうですね。母の友人の娘で、妹みたいなものです」

 優夜がそうですか、と言えばまた会話が終わる。

「告白でもされましたか」

 涙は興味なさそうに言う。優夜は徐々に声をかけたことを後悔する。

 優夜の無言を、涙は肯定と捉えて話を進めていく。

「ここに恋人と来ていたら、告白されることなんてなかったと思いますけどね」

 予想外の言葉に、優夜は顔を上げる。

「どうしてそれを」
「昔は店主と客の距離が近かった店ですから」

 涙はそれ以上のことを語ろうとしない。優夜は動揺を隠すためにコーヒーを飲む。時間が経ってきたこともあり、温くなっている。

「……だったら、僕の恋人が誰かまでわかっていますよね」

 涙は答えない。無言は肯定と同等の意味を持つことがある。優夜は涙がしたように一人で話を進める。

「一緒に来れないのをわかってて言うなんて、意地が悪いですね」

 再び、二人の間に沈黙が訪れる。

 温くなってしまったコーヒーを一気飲みするのは容易く、優夜はカップを空にする。

「彼女に伝言をお願いします」

 優夜はコーヒー代と小豆がプレゼントした袋を置いて立ち上がる。

「君には僕よりもっと素敵な人がいる。僕のことは忘れてほしい、と」
「はっきりと彼女がいるから付き合えないと言えばいいじゃないですか」

 優夜は涙から視線を逸らす。なぜか優夜が傷付いた顔をしている。

「告白を断るだけでも彼女を傷付けてしまうのに、それ以上悲しませることなんてできませんから」

 そう言い残して、優夜は静かに去って行った。

「返品するなら、受け取るなっての」

 涙は寂しくテーブルの上に置かれた茶色の袋を見て、誰にも聞こえないような声で言った。