八つの年が巡った。永遠の夜に包まれた土色の街を大亀が走る。
 亀とっても鈍足ではなく、体躯の割に短い手足で跳ねるように駆けていく。尾は竜のように長く、手足には竜鱗、頭には尖った耳がふたつ生えた亀竜だ。

負屓(ふき)、本当にこっちで合ってるの?」
「あってるよ!」

 負屓と呼ばれた亀は駆けながら、甲羅に乗せた者の問いに答えた。

 少しほど走ると目的地の廟が見えてきた。宮からだいぶ離れた場所にある土色の(びょう)である。負屓は速度を緩め、得意げに言った。

「ぼく、ちゃんと道案内できたよ。 星蔡ひとりだったら、きっとここまでこられなかった」

 負屓の甲羅に乗っていたのは呉星蔡だ。八つの年が巡っているのであの頃よりも大きくなっている。
 廟に着いて星蔡が降りると、負屓がその頭をぐいと伸した。

「ほめてほめて」

 甘える負屓に苦笑しつつ、頭を撫でてやる。負屓は嬉しそうに目を細めた。

「じゃあわたし、狐を説得してくるね」
「うん! おねがい」

 この廟は、最近このあたりでいたずらしている化け狐が根城にしているらしい。乗りこんで説得するのが星蔡の役目だった。


 あの日、寿陵山に捧げられた星蔡は谷底に落ちて死ぬはずだった。まさか落ちた先に竜の背があると誰が想像しただろう。それも霄を統べる王、父竜である。
 幸いにも怪我はなく、竜に食べられることもなかった。父竜は人間の子である星蔡を気に入り、連れて帰ったのである。
 霄の宮廷には父竜と、その子である九竜が住んでいた。星蔡は第十子として迎えられ、霄で暮らしている。
 ここにいる負屓も第八子だ。星蔡にとっては兄だが、甘えん坊なところがあるので兄らしさはあまりない。


「――ということで、いたずらするのはやめてほしいの。これは父竜からのお願い」

 廟に入った星蔡は狐らを叱る。霄の王である父竜のお願いということもあって、狐たちは座りこんで大人しくしていた。

「今回はわたしが来たけれど、兄さんや姉さんたちだったら穏やかに済まないからね。これが狻猊(さんげい)ならあっという間に火の海よ」
「でも主に命じられて……」
「国王である父竜と主、どちらが大事かしら。よく考えてね」
「う……わかりました……」

 狐たちの耳がしおれている。

(これなら、しばらくいたずらは止まりそうね。父竜に報告しないと)

 こうして説得を終え、廟の外に出た時である。負屓が慌てた様子で星蔡に駆け寄ってきた。

「星蔡、たいへんだよ! さっき、兄さんの声がきこえたんだ。だいじな話があるからいそいでもどれって」
「わかった。急いで戻ろう」

 霄は太陽の昇らぬ常夜の国だが、霄火(しょうび)と呼ばれる小さな炎のあやかしが街のあちこちにいるので暗さはあまりない。土色の壁に負屓の影が映る。それは慌てて駆け、街の中心にある宮へと向かっていった。