あれから数ヶ月が経った。私は今も変わらずあの部屋に住んでいる。
 ――沖田さんと二人で。

「そろそろ私出るんで薬ちゃんと飲んでくださいよ」
「大丈夫ですって。ああ、それと今回で薬は終わりらしいです」
「そう、ですか。本当によかった」
「ええ。ご迷惑をおかけしました」

 沖田さんは頭を深々と下げる。私はそんな沖田さんの隣に立つと、その身体を起こす。
 あのあと、晴斗が沖田さんの診察や検査をしてくれて、やっぱり結核であることがわかった。でも、本当に初期だったみたいで通院だけでなんとかなるとのことだった。

「沖田さんは、今日は?」
「えっと、5時までです」
「それじゃあ、私も定時に上がるようにするのでどこかで待ち合わせをしましょうか」

 それから、変わったことが一つ。
 沖田さんがバイトを始めた。近くの古書店なのだけれど人がいなくて困っていると言っているのを晴斗が教えてくれたのだ。
 おかげで少しではあるけれどお金を稼げるようになった。私に治療代を全て出さすことを沖田さんは渋っていたから、これは本当に助かった。

「ねえ、沖田さん」
「え?」
「さっきご迷惑だなんて言ったけど、本当にそんなことないですからね。私にとってもう沖田さんはいなくてはならない存在なんですから」
「詩乃さん」
「私、一人でも平気だって思ってたけどそんなことなかったみたい。沖田さんを失うんじゃないかって思ったら不安で、怖くて、泣きそうだった」

 だから、と続けようとした私の口を沖田さんは手のひらで塞ぐ。そして、微笑みながら口を開いた。

「その続きは私に言わせてください。私も、あなたに出会うまでは自分の命なんてどうでもよかった。いつか紺藤さんや土方さんのために死のう、それが私の命の意味だとずっと思っていました。でも、今は違う。私はあなたとともに生きたい。あなたの隣で生きたい」
「っ……沖田、さん」
「こんなこと、紺藤さんや土方さんが知ったら怒られちゃいそうですね」
「……そうでしょうか?」
「え?」

 沖田さんは不思議そうに聞き返す。
 私は思う。沖田さんにとって紺藤さんや土方さんが大切な人であったように、きっと二人にとっても。

「大切な人が幸せになることを怒る人なんてきっといませんよ」
「そうでしょうか」
「きっとそうです」
「そうだと、いいなぁ」

 そう言うと、沖田さんは私に向き直った。その目は真剣で、ジッと私を見つめていた。

「詩乃さん、私はこの時代の人間ではありません」
「はい」
「もしかしたらやってきたときと同じように突然消えてしまうこともあるかもしれない。それでも、私はあなたと一緒にいたい。妻になってほしいなんて言えません。でも、私にあなたの一番近くにいる権利を、ください」
「沖田さん……」

 私は沖田さんの手をそっと握った。あたたかくて優しくて、今を生きている、私と何も変わらない手。

「私も沖田さんが好きです」
「詩乃さん……」
「いつか消えるかも知れない、と沖田さんは言ったけどそんなの私だって一緒です。生きていればいつかは死にます。それが今日かも知れない、明日かも知れない。10年20年後火も知れない。そんなのわからないじゃないですか」
「それは、そうですけど」
「ある日私が交通事故にあって沖田さんよりも先に死んじゃうことだってあるんです。ね、先のことなんて誰にもわかりません。だから、どちらかが死んだり消えたりするまで、私と一緒にいてください。その日までそばにいるのは沖田さん。あなたがいいです

 沖田さんは頷きながら、私の手を引っ張った。そのまま抱き寄せられた私の身体は沖田さんの腕の中に包まれる。
 すぐそばで心臓の音が聞こえる。ここで生きているという証明のように。

「詩乃さん、大好きです」
「私も、沖田さんが大好きです」

 抱きしめられた身体から伝わってくる体温は、今まで感じたどのぬくもりよりもあたたかかった。
 これから先、どんな未来が待っているかなんて今の私たちにはわからない。
 でも、それでもいつかこの手を離さなければいけなくなるその日まで、そばにいよう。
 神様でも天でもなく、お互いにそう、誓い合って。