「事件は今から四日前――五嶋さんがひったくり犯に遭遇したその日、旗本さんが殺害されました。犯人は以前から人気がない製作所の倉庫で殺害を実行すると決めていたと思われます。その計画には、最初から権藤さんに罪を擦り付けることも含まれていました。もし彼が犯人なら、指紋が付着したレンズの破片を放置して逃げることはしません。しかも指紋はレンズの中央……気付かないわけがないんです。レンズが汚れていればすぐに拭き取りますよね」
「た、確かに……でもどうやって指紋を付けるんですか?」
「簡単ですよ。自然にレンズの中央に指紋がつくように細工したんです。盗んだレンズと、パスケースで」

 それはフレームから外したレンズをパスケースに空いている穴にはめ込み、その中に社員証を入れて彼の近くに落とすという、一見難しいようで簡単な方法だった。社員証に記載された名前と顔写真の面を内側に入れてしまうと、一度取り出して確認する以外方法がない。その際、中の社員証を見ようと自然と穴が空いた部分に触れることになる。

「権藤さんは若い社員がお気に入りだったみたいですね。特にあなたやアルバイトの江川さんはよく付きまとわれていたとか。落とし物の持ち主があなただったら、是が非でも届けたことでしょう」

 そう言うと心当たりがあったのか、若菜は苦い顔をした。さらに真崎は話を続ける。

「さて……旗本さんが有休に入る前日を狙って、『権藤さんに付きまとわれている、助けてほしい』と製作所へ呼び出します。そして、人気の少ない倉庫で首を絞めて殺害した。あの場所を選んだのは、単に無人だったからという理由でしょう。その倉庫に、これが残されていました」

 スマートフォンを操作して若菜に見せたのは、現場に残されていた“SIΩ”の文字だった。

「これは……旗本さんが残したものですよね。聴取の時、刑事さんが見せてくれました。これは犯人を示している数字ではないんですか?」
「数字、ですか?」
「ええ。『510』……権藤って読めませんか? 死に物狂いで旗本さんが腕を伸ばして機械に書いた(・・・・・・)……」
「それは可笑しいですね」

 若菜の話を遮って、真崎は首を傾げて画面を不思議そうに眺める。

「これはシグマから聞いた話なのですが、書いた時の血の量が多かったのか、乾く前に垂れてしまったみたいで、現場を見た誰もが数字として読めませんでした。あなたの言う通り、遺体があった近くの機械の下の方に書かれていましたが……不自然ですよね。片腕しか動かせない被害者が、地面ではなく機械に直接(・・)書くでしょうか」

 遺体の右肩は脱臼して動かない中、自由に動かせたのは左腕だけだった。死に物狂いでメッセージを書き残したとしても、息絶える前なら地面に書いた方が早い。わざわざ機械本体に書き残した理由が、シグマが引っかかっていたことの一つだった。