まずは不透明だった旗本礼子の足取りが判明した。
 事件当日――旗本は、午前中に会社の後輩である五嶋若菜とカフェで打ち合わせをし、二人して会社に戻ると自分のデスクで仕事をこなした。権藤とも次の案件について打ち合わせも行われていたという。定時の十八時に退社。その後、駅前のカフェで二時間ほど長居すると、タクシーを拾って市街地を抜けた現場の製作所へ向かった。現場の近くで降り、クレジットカードで精算。利用履歴から夜二十時五十五分頃だと判明している。
 被害者を乗せたタクシー運転手の話だと特に変わった様子はなく、近辺でひったくり犯が多発していたこともあって気に掛けると、「約束だし、二人で帰るから大丈夫よ」と笑って答えたという。

「ちょっと待って、ひったくり犯ってなに?」

 調べてきた刑事の報告中に、シグマが口を挟む。刑事は嫌そうな顔をしながら、こちらを睨みつけてくるが、すぐに諦めたように溜息を吐いて説明を付け加えた。

「ここ数日、あの製作所近辺でひったくり事件が多発しているんです。防犯カメラもなければ、人気のない。助けも呼べないですから、襲うには好都合なのでしょう。未だ犯人は捕まっていません。もしかすると、この事件もひったくり犯が関わっている可能性も」
「ふーん……」
「被害者を最後に見たのはそのタクシー運転手かい?」
「ええ、待つことも考えたそうですが、被害者の方から断られたようです」
「そうか……。誰かに呼び出されたとみて間違いないようだ。よし、次。遺留品はどうだった?」

 野間の一声で、今度は別の刑事が立ち上がると、正面のモニターに遺留品を映し出す。

「現場付近を流れる川に被害者のバッグが引っかかっていました。三日間水の中に放置されていたため、パソコンとスマートフォンは電源が入らず、未だ確認できていません」

 革製のトートバッグはしっかり川に浸かっていたようで、既にシミとなって変色している。中に入っていたであろうデザインの資料や化粧ポーチ、財布さえもふやけていた。

「……もし犯人が通りすがりのひったくり犯だったら、随分お粗末だな」

 シグマが小さく呟く。それを隣で聞いていた真崎も頷いた。
 被害者の左指が出血していたのは、近くに散らばってきた眼鏡の破片で指を切って謎の暗号を書いたからだ。いくら眼鏡が量産品とはいえ、指紋がついていれば警察に調べられてしまう。
 もしひったくり犯が旗本と争った際、殺人が起きてしまったと仮定するならば、破片を片付けずにバッグだけを持って立ち去るだろうか。