真宵が生活をしている離れは、本邸である御殿とは趣きが異なり、必要最低限の生活が出来るだけの質素な庵だ。

 あるのは炊事場、浴室、厠、寝室、居間、客室のみ。

 もともとは執務担当用に作られたらしいが、真宵が知る限り、ここで暮らしていた者はいない。たまに来客があった時に開放するくらいだった。

 そのため義母が眠った半年前を機に徐々に衣食住の場を移し、現在はほぼこの離れだけで生活が成り立っている。

 ともあれ以前暮らしていた御殿とは同じ敷地内だし、生活サイクル自体はそんなに変わっていないのだけれど。

「真宵さまぁ。白米、本当にこれだけで良いのです?」

「うん。あんまりお腹空いてないの」

 焼き魚を乗せた皿を運びながら答えれば、クゥーンと悲しそうな声が返ってきた。

 振り返って、思わずくすりと笑ってしまいそうになる。茶碗片手に眉を八の字にしてしょげかえる顔が、なんでどうしてと切実に訴えかけてきていた。

 中性的な顔立ちゆえか、そういう顔をされるとなんともいじらしいというか。

 背丈はほんの五、六歳。真宵の体の半分程度しかない小さな男の子だ。

 名を白火(はくび)という。

 白玉のように柔らかそうな丸い顔と、うるうると涙が揺らぐつぶらな瞳。

 頬にかかる黄金色の髪から生えるふたつの獣耳は、へたりと垂れていた。

 いつもは背中の後ろでしゃんとしているふさふさの尻尾も、今は床を撫でる勢いで下がってしまっている。これは明らかに凹んでいる時の反応だ。

 つくづく自分に耳と尻尾が生えていなくて良かった、と思う。いくら可愛くても、こう感情が駄々洩れになってしまうのは困るので。

(ほんと、わかりやすい)

 しかし見ている分には可愛い、とついつい相好を崩しながら囲炉裏の前の座布団へと端座する。

 自分の膝をぽんぽんと叩きながら、真宵は首だけもたげて彼を呼んだ。

「白火、おいで」

「うぅ……クゥーン」

 ぼふんと空気が抜けるような音を立てて、白火は人の姿から子狐の姿に変化した。

 持っていた茶碗は器用に頭の上に乗せている。そのままトコトコと歩いてきたので、ひとまず茶碗を受け取って囲炉裏の炉縁に置いた。

 幼い子どもが甘えるように、遠慮なく真宵の膝へよじ登ってくる白火。

 毛並みの良い背中を撫でてやると、気持ちが良いのか尾がゆらゆらと揺れた。