こう見えて、構造自体は、そこまで複雑ではないのである。
主に執務室や会議室などがあてがわれた東対に、神使たちの居住区である西対。以前真宵も生活していた北対は、天利のプライベート空間。
本来は御殿主の居住スペースとして使われる寝殿は、主に来客用の客間と化していたけれど、まあ天利の職からすれば必要不可欠だろう。いわば仕事場だ。
他にも築地塀に囲まれた広大な敷地内には、離れをはじめとした建物があちこちに点在している。
真宵が立ち入ってはならない場所も多くあるので、たとえ十九年ここで生活していても、その全貌は知らないのだけれども。
そう、その『知らない』場所のひとつ──。
(きっと、この先……)
透渡殿を突っ切り、中門廊へ曲がる。
そのまま真っ直ぐ進めば庭園だ。
敷地内の三分の一を占領している庭園の大池。
池の中央にある中島には、先端が尖った鋭利な大岩が何かを守り隠すように囲んでいた。
真宵はふたたび勾欄を跨ぎ、裸足のまま中庭へと降りる。
朱い反橋を渡り、申し訳程度の小さな中島を突っ切ってもう一度平橋を渡れば、ようやく目的地だ。
中島全体に敷き詰められた、玉のような白砂利に浮かぶ飛び石を進みながら、真宵は心臓の鼓動がひどく早まるのを感じていた。
昔ここへ渡ろうとして、天利にこっぴどく叱られたことがあった。後にも先にも本気で義母が怒ったのはあれきりだったように思う。
それほど、ここは〝危険〟な場所なのだ。
実はこの大池に囲まれた中島は、敷地内全体に大型の陣──結界が敷かれている。
その結界の中心にあるのが大岩だ。高さは四メートルほど。細長く槍のように尖った先端は天に伸び、髪の毛一本の隙間もなく並ぶ様はいっそ檻のようにも見える。
だが本当に危険なのは、この大岩ではない。
『……あと少しだ、真宵』
暗がりの中、剥き出しの足裏に細かい砂利が突き刺さり傷つく。
庭園内には中島周辺を避けて石灯篭が散在しているが、淡い灯りは宵闇を照らすには不十分であった。