『どうか娘を助けてくれ』
あるとき、ふたりの人の子が同時に願った同じ祈り。
願いの元を辿れば、それは献身的に神社を守り続けていた神主と、その神社に勤める巫女から放たれたものだった。
彼らが強い霊力を持っていたことも大きいのだろうが、それは真っ直ぐに冴霧の元へ届き、同時に途絶えた。
その瞬間、願い主の命の灯が儚く消えたことを感じた冴霧は、さすがに驚いて、気づけば願いの元を追ってうつしよへ下っていた。
仕事に向かう途中だったにも関わらず、である。
……あの時、冴霧が失ったはずの心を動かされたのは、偶然か必然か。
冴霧が彼らを見つけた時には、やはり夫婦はもう事切れており、手の施しようがない状態だった。
散歩帰りに見舞われた不運な事故だったらしい。
そして夫婦であった彼らには、生まれたばかりの子どもがいた。
ほぼ即死だった彼らとは違い、願いの中に含まれていた娘はまだかろうじて生きていた。
言わずもがな重症で、最期を迎えるまでは時間の問題だったけれど。
……否、運命は既に定められ、確実に『死』の一途を辿っていた。
魂と身体は剥がれる寸前であったし、そうなればもう助からないことなど目に見えていた。
幸運だったのは、その娘が強い霊力を宿す【清めの巫女】であったこと。
それならば役に立つ。
運命を捻じ曲げられるほどの価値がある存在だ。
救う大義名分が出来る。
そう思い、冴霧は人の目を盗んで彼女を高天原へと連れ去った。
──人の世の言葉を借りれば【神隠し】である。
まだ言葉も話せぬ、生後数か月の赤子。
本人の意思など確認することも出来ず、冴霧の判断でそうしたことだった。
ゆえに翡翠の『救ってしまった』という言葉も、あながち間違いではない。