「良いか、坊主。よく聞けよ。うちは天照御殿と違って下働きの神使がいねえんだ。真宵の世話を始め、炊事洗濯、その他諸々のことは頼んだぞ」
「はっ、はい!」
「わかったら朝餉の準備をしてこい。しばらくは消化に良いもんの方が良いな」
「わかりました! この白火にどぉんとお任せくださいっ!」
なぜこの子狐は、いかにも冴霧の従者のようになっているのだろう……。
頼られるのが嬉しいのか、尻尾が嬉しそうに揺れている。
言われるがまま厨へ向かおうとして、しかし方向が分からなかったのか耳を垂れて振り返った。
「ここを真っ直ぐ行って右に曲がったところだ。あるもんはなんでも使って良い。買い足したいものがありゃ金は出すから、滋養のあるもんを作れよ」
「ふとっぱらだあ! お稲荷さんたくさん作りますね、真宵さまっ!」
はたしてお稲荷さんは、消化が良くて滋養のある食べ物なのだろうか。
ふんふんふふーんと、足取り軽くご機嫌に駆けていく白火。
その後ろ姿を呆然と見送っていると、冴霧が「げんきんな奴だな」と薄ら笑いを浮かべた。
きっとそういうことじゃないです、と内心は全力で突っ込みたくなったが、何とか堪える。
白火は気になるが、真宵自身、この状況がいまいち理解出来ていないのだ。
有無も言わさず、なかば拉致られるように連れ去られた先は、冴霧邸だった。
寝殿造である天照御殿とは違い、冴霧邸は豪勢さが控えめな数寄屋造の屋敷だ。
数寄屋造りとは、気高い格式や豪奢な装飾を取り払い、主に暮らしやすさに重点を置いた建築様式のことだ。
とはいえ、仮にも大神が住まう場としては遜色なく、冴霧邸は良い按配で情緒を保ち、意匠を凝らした純和風を貫いている。
とくに細部まで丁寧にこだわられた風情ある枯山水は、まさにわびさびそのものであった。