聞き込みや物的証拠より、数時間後に犯人は逮捕された。

 彼女にしつこく交際を申し込んでいた男が犯人だった。数日前に彼女の家に行った際、彼女の恋人を発見し、殺害する計画を企てたらしい。

 つまり、里津の仮説は正しかったのだ。

 現場から戻る車の中で、里津はもっとしっかり現場を見ればよかったとぼやいた。稜は運転をしながらそれを聞き、里津の邪魔をしてしまったような気がして、申し訳ない気持ちになった。しかし謝罪の言葉は言えず、車内は重い空気に包まれていた。

 稜は自席で大きくため息をつく。

 里津は自分の話を、そうだったらいいなと適当に誤魔化していた。だが、彼女は話してくれたことよりもっと多くのヒントが見えていて、その仮説が最も真実に近いとわかっていたのではないかと思うと、稜は里津が優秀だと言われているのは間違いないと認めざるを得なかった。

 あのやる気のない里津は、本当に優秀だった。

「どうした、浮かない顔して」

 稜が誰も座っていない隣の椅子をただ見つめていたら、若瀬がその椅子に座った。

「木崎さん、ほんの数分現場を見ただけで、彼女が水商売で働いていて、その客が犯人だって推理したんです。でも、もっと見ていたらって言ってて……俺が邪魔したのかなって……」

 稜はずっと考えていたことをそのまま若瀬に伝える。

「してないよ」

 若瀬はそれをすぐに否定した。

「てか、それで言ったら俺たち全員、木崎の邪魔してるってことになるから」

 稜は若瀬が言っている意味がわからず、首をひねる。

「あいつ、現場に来たことないんだよね」

 今の言葉の説明をしてもらえると思っていたため、稜は一瞬その言葉が理解できなかった。しかしそれを理解すると、今日の若瀬のあの反応が腑に落ちた。

「現場に来ないって、木崎さんは普段何をしているんですか?」
「俺たちの捜査情報を聞いて、推理。だから、情報が足りなかったら木崎は犯人を導き出せない。そういう意味で、俺たちは木崎の邪魔をしてるってこと」

 若瀬はまったく無駄話をしていなかった。

 しかしただでさえ現場を見ただけで犯人を言い当てたことに驚いていたのに、それ以上のことをしていると言われると、もはやどう反応していいのかわからなかった。

「ま、正解率は八十パーって感じだから、完全に信用できるわけじゃないけどな」

 若瀬はそう言うと、机の上に転がっているボールペンを手に取った。それを器用に回しながら、話を続ける。

「とにかく木崎は、たくさんのものをよく見てる。どんな小さなことも見逃さないし、俺たちが事件には関係ないと思うものも、切り捨てたりしない。そして、考えているんだ。どうしてそれがあるのか、そうなったのか。可能性として考えられるもの、すべてを頭の中で整理している。だから、ろくに捜査をしなくても、答えに近い仮説を導き出せる」

 若瀬は、里津が何を見て、どう考えているかまでは知らない。というか、知りようがない。だから、その説明は的を得ているようで得ていなかった。

「……木崎さんは、刑事という仕事はやりたくないのかと思ってました。今日だって、なかなか現場に行こうとしませんでしたし」

 稜は昼間のやり取りを思い出す。行きたくないと駄々をこねた挙句、着いた瞬間には帰ると言い出した、あのやる気のない里津が蘇る。

「それはまあ……木崎は新しい事件に興味がないからな」

 若瀬はペン回しをやめ、ペン先が出ていない状態で頭を掻く。

 犯罪者を見つけて逮捕することが刑事の仕事なのだから、興味がないだとか子供のようなことを言っている場合ではないと思ったが、それは里津に直接言うべきことだと思い、飲み込んだ。

 しかし稜の顔には、はっきりと納得できないと書いているように見える。若瀬はさらに説明を加える。

「未解決の事件をなくすのが木崎の目標なんだと。だから、目標達成に関係ないことはやりたくない。それがあいつの主張」

 昔、どうしてそんなにやる気がないのにこの職業を選んだのか、と聞いたことがあった。ふざけた理由であれば、今すぐやめろと言ってやるつもりで聞いた。

 だが、里津はそれまでに見せたことのない真剣な目をして、そう答えたのだった。

「……未解決事件を……それは……どうして、なんでしょう?」
「さあ? そこまでは聞かなかったから知らないけど……気になるなら本人に聞いてみたら? 案外すんなりと教えてくれるよ」
「でも、署に戻ってきてから、一度も木崎さんの姿を見ていないんですけど」

 車を降りてから、二人はすぐに解散していた。どこに行くのか聞こうとしたが、車内での空気を引きずっていたため、里津の背中を見送ることしかできなかった。

 そのため、稜は今里津がどこにいるのか、知らなかった。

「そうだな……木崎を探すなら、まずあそこに行ってみるといいよ」

 若瀬は勝手に借りたペンをもとの位置に戻す。

 稜は若瀬の言うあそこがどこかわからず、次の言葉を待つ。

「未解決事件の資料を整理して情報を集めてる、未解決事件情報管理室。通称、未管室」