「未熟な葉宮君に教えてあげる。通報してきた彼女。こんなボロい家に住んでるくせに、寝室に置いてた鞄とかあ癖はブランド物だった。ただの浪費家かと思ったけど、部屋の中にある生活用品は必要最低限で使い込まれたものがほとんど。あと、『ハワイで結婚式!』って書いてある紙が側面に貼られた貯金箱があった。つまり、自分の持ち物にお金を費やしてる可能性は低い。そうなると、彼女の持ち物は、誰かにプレゼントされたものってことになる。じゃあ、それは一体誰? 殺された男?……だったら、プレゼントする前に、彼女をハワイに連れて行ってやれって話になる。じゃあ、他の男……てか、浮気相手?……そんな奴にプレゼントされたものを彼氏と住んでる家に置いておくなんて、ただのアホ。浮気してますよって自分から言ってるようなものだし。まあ、もし本当に浮気してるなら、もっと隠す努力はするはず。てことは、彼女は高いものをプレゼントされて、それを持っていても許されるような職業に就いている。そこから考えられるのは、水商売」

 稜が口を挟む暇もなく、里津は一気に言った。しかし稜が何も言えなかったのは、里津の話す勢いに圧倒されただけではない。里津の洞察力に、言葉を失うしかなかった。

「あー、疲れた。ね、何か飲み物持ってない?」
「……ないです」
「役立たず」

 飲み物を持っていなかっただけでそこまで言うか、と思ったが、言えなかった。それに、里津の話を聞いたあとだからか、刑事としても役立たずだと言われているような気がした。

「まあいいや、続けよう」

 もう、稜は里津の話を聞くのに夢中になっていた。

「彼女が水商売で働いているという推理が正しいとして。自分に同居してる男がいるなんて、店にも客にも言えるはずがない。でも、中にはしつこい男もいるだろうね。彼女の本名、家、あと……まあ、その辺を調べるような奴がいてもおかしくない。そして彼女の家の付近で彼女の帰りを待とうとした変な客が、お気に入りの子の部屋に男が出入りしているのを見付けたら? 怒り狂って部屋に入っても、おかしくない」
「……つまり、木崎さんは彼女の客が犯人だと?」

 里津の話を信じた稜は、小さな声で確認する。里津は片方の口角を上げた。

「だったらいいな」
「え、嘘なんですか」

 それは、あなたの話を信じましたよ、と言っていることと同意だった。そんな純粋な稜を、里津は声を出して笑い始める。

「君、本当にバカだね」

 長いこと真剣に話を聞いたのに、それが嘘だったと言われて、正直に信じた自分が恥ずかしくて、罵られたにも関わらず、稜は言い返さなかった。

「君がもうちょっと考えられる子だったら、今の話はおかしいって思えるはずなんだけどなあ」

 里津は笑うのをやめない。殺人現場付近で笑っている者などいるはずもなく、空気を読まずに笑っている里津は白い目で見られている。当の本人はそんなものはまったく気にしていないが、稜はその視線に耐えられず、顔を伏せる。

「貯金箱とか、ブランド物とか、そういうのも嘘なんですか?」

 これ以上睨まれたくなくて、小声で尋ねる。

「いや、それは本当。見つけたものから推察して、その中で一番ありそうな話をしただけ。彼女が実は元金持ちの娘だとか、彼女の友達に金持ちの奴がいるとか、考えようと思えばいろいろ考えられる。水商売で働いてるなんて、私の決めつけなんだよ。あと、彼女を気に入った客がここに来た、とかね。男が昔捨てた女が復讐に来たのかもしれないし、男がどこかで恨みを買っていたのかもしれない。もし本当に彼女を気に入っている男が来たのだとすれば、部屋があんなに綺麗なのもおかしい。少しくらい、争いの跡があってもおかしくない。そういうわけで、今の私の話は全部仮説で、正しい証拠なんてない」

 言われてみればそうだ、と納得した。

 里津がこうして自分で今話したのは作り話だ、言ってくれなかったら、それを頼りに捜査を進めていたかもしれない。今回の事件の犯人は彼女のことを気に入った男だ、と間違った思い込みをしていたかもしれない。

 そう思うと、ぞっとする。

 しかし里津に説明される前に気付きたかった。稜はいかに自分の視野が狭く、考えることができないのかを、思い知らされたような気がした。

 里津が念入りに部屋を見ていたのは、捜査に対するやる気がないから、ではなかった。むしろ、稜以上にあった。稜は里津を見直した。

「まあ、だからなんだって話なんだけど」

 里津が言おうとしていることがわからず、稜は首を傾げる。そこまで丁寧に言わなければわからないのかと、里津は面倒そうにため息をつく。

「隣の家の人なら、物音とか争うような声だとかを聞いてる可能性は十分にある。私が聞き込みをしない理由にはならないでしょ」

 稜は自分に振り分けられた仕事を思い出した。

「聞き込み、行きましょう」
「……君、絶対忘れてたよね。言わなきゃよかった」

 稜は里津のそれを聞かなかったことにし、目の前のドアをノックした。