病室の前まで来て、若瀬は妙な緊張感に襲われていた。

「緊張してる」

 そんな若瀬をからかうように、里津が言う。若瀬は若干苛立ち、里津を軽く睨む。

「確実な証拠もないままに逮捕しようとしてるんだ。緊張くらいするだろ」

 未解決事件情報管理室で話していたことは、どれも仮定にすぎなかった。

 朝から臨時休業の紙があったと証言があったが、朝何時だったかまではわかっていない。

 不審者を見たという情報はなかったが、犯人が周りに気付かれないように行動していただけかもしれない。

 なにより、一番不確かなのは、動機だ。あれは怜南の昔の記憶と、里津の推理で導かれたものだ。秀介に違うと言われてしまえば、それ以上言い返すことはできない。

 こういった不安から、若瀬は秀介の前に立つことに緊張していた。一方、里津は平気そうだ。それどころか、興味なさそうな声をこぼした。

「じゃあ若瀬は後ろで聞いてて。私が瀬尾に自白させる」

 若瀬にとっては、それも不安なことだった。しかし自分に任されてもどうしようもないため、大人しく里津の言うことに従うことにした。

 里津は数回、ノックする。ドアの向こうから返事が聞こえると、ドアを開けた。

 里津は部屋の中に入っていくが、若瀬は近くにいると口出ししてしまいそうだったので、ドア付近で二人を見守る。

「木崎さん? どうかされましたか?」

 若瀬は里津が単刀直入に話を始めないかと、息を飲む。

「事件のことで、話があって来ました」
「何か、わかったんですか?」
「ええ、犯人が」

 秀介は安心した顔を見せる。里津はそれを厳しい目で見る。

「よかった……これで怜南がまた何者かに襲われることはなくなるんですね」

 里津も若瀬も、秀介のそれを演技だと思った。それは秀介が犯人だと思って見ているからで、もし何も知らずに話していたら、きっと騙されていただろう。

「それで、犯人は誰だったんですか?」
「まあ、そう焦らずに。少しお話しましょう」

 里津はベッドのそばにある、丸椅子に腰を下ろした。

 秀介は里津の行動が信じられず、里津を睨みつける。

「そんな呑気に話している間に、怜南が襲われたらどうするんですか。怜南は、殺されるかもしれないんですよ」
「葉宮もついていますし、大丈夫です。落ち着いてください」

 稜がいると言われ、言いたかったことを飲み込む。

「それで、犯人はわかったんですが、少し情報が足りていなくてですね、できればもう一度、瀬尾さんから詳しく聞きたいなと思って」
「そうだったんですね」

 秀介はそれで納得し、また安心した表情を見せる。

「まず、怜南が襲われたのは十一時ごろで間違いありませんか?」
「はい。お客様が増える前にゴミ出しを頼んだので、間違いありません」

 里津は順を追って質問し、秀介は素直に答える。

「そして、瀬尾さんが怜南のスマホを使って葉宮に電話してのが、十二時だった」

 自分が何時に電話をしたのかまでは覚えておらず、秀介は返事をしない。

「ここで聞きたいことが二つあります。まず一つ目。どうして瀬尾さんは、怜南のスマホを使ったのでしょう」

 里津の質問に、秀介は目を泳がせる。

「それは、その……ちょうど稜君からメッセージが届いて、すぐに繋がると思ったので……」
「だったら、自分のスマホでもよくないですか? 結局繋がるのは、葉宮のスマホなんですから」

 秀介は答えられなくなった。里津はそれ以上攻めずに、次の質問に移る。

「二つ目。怜南が襲われてからあなたが葉宮に電話するまで、一時間あるのですが、二人ともその間は眠っていたのでしょうか?」
「怜南が目を覚ました正確な時間はわかりませんが、俺が起きたときには、もう起きていました。そして犯人に刃物を向けられていたので、助けを求めようと、稜君に電話をかけたんです」

 里津はその返答に対して、疑いの目を向ける。しかしここでも深堀をしない。

「そして最後。私たちが現場、喫茶店に到着するまで三十分ほど時間が開いてしまったのですが、そのとき犯人はどうしていましたか?」
「えっと……俺は怜南の叫び声が聞こえたので、咄嗟に飛び出して……犯人に俺が稜君……警察に連絡したと伝えると、犯人は逃げていきました」

 それを聞いて、里津はまるで悪役のような笑みを浮かべる。

 秀介が怯えた目をしたことで、若瀬は里津がまた悪い顔をしていると察した。そして呆れた顔をする。

「では瀬尾さんは、怜南を助けるために飛び出したのに、わざわざ自分が倒れていたところに戻ったんですね?」

 秀介は答えなかった。追い詰められて言葉が出てこないように見える。それを見て、里津は笑顔を消す。

「……今回の事件の犯人であり、怜南の両親を殺した犯人は、瀬尾秀介さん。あなたですよね」
「どうして俺が? だいたい、動機は? 怜南の両親……義姉さんたちを殺して、怜南を殺そうとする理由があるとでも?」

 里津はいかにも面倒そうな顔をする。

「そんなの知らないから。私は、この事件の犯人を逮捕すること以外、どうでもいい」

 秀介は鼻で笑う。

「理由もなしに、俺を犯人扱いしないでもらえますか」

 若瀬が考えていた、嫌な予想が当たってしまった。

 しかし若瀬が動揺しているのに対し、里津は秀介を盛大に馬鹿にした表情を見せる。

「今、自分でおかしなこと言ったのに、まだ逃げようとするとは。さすが、十五年も捕まらないでいたクズは違う」