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ほかの刑事たちとうまくやっていけるのか、反感を買ったり嫌われたりしないかなどの不安を抱きながら、刑事課捜査一課に足を踏み入れた。
「おはようございます」
みっともなく声が震える。稜の挨拶が聞こえた人たちが出入口を向き、稜はさらに緊張した。
「お、新人か?」
「なんだなんだ、緊張してるのか」
稜の不安は取り越し苦労だったようで、数人に笑顔で囲まれた。どうやら歓迎されているようだ。彼らの接し方は家族のような距離感で、稜の緊張は解けていった。
そんな中で、稜は視界の端に移る女性が気になった。
彼女は真剣な表情でパソコンを睨んでいる。その顔から目が離せない。
「あの人は……」
彼女について聞こうとしたが、うまく言葉が出てこなかったのと、周囲が同情したような目で見てきたため、稜はその先が言えなかった。
「また被害者が……」
「見た目だけはいいからなあ」
「あの……?」
話が見えなくて、稜は恐る恐る口を挟む。
「あいつと話してみるとわかるよ」
稜に答えたのは、後ろにいた男性だった。まさか後ろに人がいたとは思っておらず、稜は少し大げさに驚いた。
「あいつに関わりたくないってこと」
彼は気にせず続けた。周りのほとんども頷いている。
しかし稜は怖いもの見たさで、彼女に話しかけてみたいと思った。
「いきなり話しかけたりしたら迷惑ですよね」
「いや、いつ話しかけても迷惑そうな顔するよ、あいつは」
これだけ言われているのに、余計に興味をひかれていた。
彼は小さくため息をつく。
「あいつは木崎里津。とにかく仕事を嫌う超絶マイペース人間。話したと思ったら、嫌がらせのようなことしか言わない。あとは……無駄に優秀」
最後の一言を言うとき、彼はこれでもかというほど顔を顰めた。そのことを言いたくないと言っているようだった。
だが、ほかの人たちも彼と同じような反応をしていた。
性格は嫌いだが、能力は認めているということだろう。
「そういえば、今バディがいないのって、木崎だけじゃなかったか?」
誰かが思い出したように言うと、稜に同情の目が向けられる。まだ里津と組めと言う指示は出ていないのに、ずいぶんと気が早いと思った。
しかし彼らの予想通り、稜の相棒は里津になった。
「あの、木崎さん。今日からよろしくお願いします」
里津の隣の席に荷物を置くと、里津は悲しい目をして稜の机を見た。何かあったのかと荷物を上げてみるが、何もない。稜は不思議に思ってまた里津を見る。
「私のお菓子置き場……」
里津は無表情でこぼした。しかし机上には何もなかったため、稜は一体何を言っているのだろうと首を傾げる。
詳しく説明するよりも見せたほうが早いと思ったのか、里津は手を伸ばし、引き出しを引っ張った。覗き込んでみると、そこにはスナック菓子やチョコ菓子が入っていた。
「これ、木崎さんの菓子なんですか?」
稜は言葉を失いながらも、質問する。
「私の机、なぜか書類がいっぱいあって置けないし。ここ、誰も使ってないからいいかなって思って」
里津は悪びれる様子もない。むしろそうしていることが当然だと言わんばかりだ。
稜は助けを求めるように周囲を見渡すが、誰も目を合わせてくれない。わざとらしく顔を伏せる人もいた。あの歓迎ムードは嘘だったのかと思ったが、誰一人里津と関わろうとしていなかったことを考えると、こうなるのも仕方ないとも思った。
稜自身、あれだけ里津に興味をひかれていたのに、もうすでに関わりたくないと感じていた。
とはいえ、どれだけ嫌だと思っても、新人の稜は従って里津と組むしかない。
刑事になった目的を思い出し、気合を入れる。こんなところで折れてはいられない。
前を見ると、里津について教えてくれた彼が座っている。
「すみません、いらない箱ってあります?」
「ああ、あるよ。ちょっと待ってて」
彼が机の下から取り出したのは、隣町にあるレジャー施設のキャラクターが描かれた空箱だった。しかし稜は箱ならなんでもよかったため、気にせずそれを受け取ると、引き出しに詰め込まれていたお菓子を入れていく。
「君、何してるの」
普通の人ならなぜ稜がそうしているのか容易にわかるだろうが、里津は本気で驚いた表情を見せた。
「机の整理です。それから、僕の名前は葉宮稜です。今日からあなたのバディになりました」
自己紹介や上司の指示を聞いていなかったから、お前誰だと言っているような目を見せてきたのだと思い、稜は改めて名乗る。
お菓子が入った箱を、里津に差し出す。
「よろしくお願いします、木崎さん」
里津はしぶしぶその箱を引き取るが、心底嫌そうな顔をしていた。だが、次の瞬間には何かを閃き、上機嫌で自分の机の上を漁った。
「うん、これがいい。はい、これ」
稜は条件反射で里津が渡してきた紙の束を受け取った。
「なんです? これ」
稜はパラパラとめくる。
「今日中に提出しなきゃいけない報告書。君、私のバディなんでしょ? 私忙しいから、それ仕上げておいてね」
「おい、葉宮は今日来たばっかりなんだ。いきなりそんな仕事押し付けるなよ」
箱を渡してきた彼が、戸惑っている稜の代わりに言う。
「じゃあ若瀬がやる?」
若瀬と呼ばれた彼は、里津から目を逸らした。
「じゃあ、よろしくね」
里津は稜の肩に手を置いて作り物感満載の笑顔で言った。そして稜の反応を待たずに、箱を持って席を離れた。
「……はい?」
里津がいなくなってから、やっと反応した。やっと理解が追い付いたと言っても過言ではないもかもしれない。
稜は誰でもいいから説明をしてほしくて、とりあえず若瀬を見る。若瀬はため息をついて話し始める。
「そんな感じで、木崎は他人に自分の仕事を投げてくる。今までは俺がやってたけど……俺にも俺の仕事があるから、葉宮がやってくれるとものすごく助かるんだよね」
里津はなぜか自分のところに資料がたくさんあると言っていたが、それは自業自得というものだった。
それがわかって、稜は不満をあらわにする。
「……でもこれ、俺の仕事じゃないですよね」
「うん、ごめん。でも頑張れ」
初仕事としては納得いかなかったが、一番下っ端の稜がそれ以上の文句を言えるはずなかった。
稜は大人しくデスクに着き、里津に押し付けられた仕事に取り掛かり始めた。
ほかの刑事たちとうまくやっていけるのか、反感を買ったり嫌われたりしないかなどの不安を抱きながら、刑事課捜査一課に足を踏み入れた。
「おはようございます」
みっともなく声が震える。稜の挨拶が聞こえた人たちが出入口を向き、稜はさらに緊張した。
「お、新人か?」
「なんだなんだ、緊張してるのか」
稜の不安は取り越し苦労だったようで、数人に笑顔で囲まれた。どうやら歓迎されているようだ。彼らの接し方は家族のような距離感で、稜の緊張は解けていった。
そんな中で、稜は視界の端に移る女性が気になった。
彼女は真剣な表情でパソコンを睨んでいる。その顔から目が離せない。
「あの人は……」
彼女について聞こうとしたが、うまく言葉が出てこなかったのと、周囲が同情したような目で見てきたため、稜はその先が言えなかった。
「また被害者が……」
「見た目だけはいいからなあ」
「あの……?」
話が見えなくて、稜は恐る恐る口を挟む。
「あいつと話してみるとわかるよ」
稜に答えたのは、後ろにいた男性だった。まさか後ろに人がいたとは思っておらず、稜は少し大げさに驚いた。
「あいつに関わりたくないってこと」
彼は気にせず続けた。周りのほとんども頷いている。
しかし稜は怖いもの見たさで、彼女に話しかけてみたいと思った。
「いきなり話しかけたりしたら迷惑ですよね」
「いや、いつ話しかけても迷惑そうな顔するよ、あいつは」
これだけ言われているのに、余計に興味をひかれていた。
彼は小さくため息をつく。
「あいつは木崎里津。とにかく仕事を嫌う超絶マイペース人間。話したと思ったら、嫌がらせのようなことしか言わない。あとは……無駄に優秀」
最後の一言を言うとき、彼はこれでもかというほど顔を顰めた。そのことを言いたくないと言っているようだった。
だが、ほかの人たちも彼と同じような反応をしていた。
性格は嫌いだが、能力は認めているということだろう。
「そういえば、今バディがいないのって、木崎だけじゃなかったか?」
誰かが思い出したように言うと、稜に同情の目が向けられる。まだ里津と組めと言う指示は出ていないのに、ずいぶんと気が早いと思った。
しかし彼らの予想通り、稜の相棒は里津になった。
「あの、木崎さん。今日からよろしくお願いします」
里津の隣の席に荷物を置くと、里津は悲しい目をして稜の机を見た。何かあったのかと荷物を上げてみるが、何もない。稜は不思議に思ってまた里津を見る。
「私のお菓子置き場……」
里津は無表情でこぼした。しかし机上には何もなかったため、稜は一体何を言っているのだろうと首を傾げる。
詳しく説明するよりも見せたほうが早いと思ったのか、里津は手を伸ばし、引き出しを引っ張った。覗き込んでみると、そこにはスナック菓子やチョコ菓子が入っていた。
「これ、木崎さんの菓子なんですか?」
稜は言葉を失いながらも、質問する。
「私の机、なぜか書類がいっぱいあって置けないし。ここ、誰も使ってないからいいかなって思って」
里津は悪びれる様子もない。むしろそうしていることが当然だと言わんばかりだ。
稜は助けを求めるように周囲を見渡すが、誰も目を合わせてくれない。わざとらしく顔を伏せる人もいた。あの歓迎ムードは嘘だったのかと思ったが、誰一人里津と関わろうとしていなかったことを考えると、こうなるのも仕方ないとも思った。
稜自身、あれだけ里津に興味をひかれていたのに、もうすでに関わりたくないと感じていた。
とはいえ、どれだけ嫌だと思っても、新人の稜は従って里津と組むしかない。
刑事になった目的を思い出し、気合を入れる。こんなところで折れてはいられない。
前を見ると、里津について教えてくれた彼が座っている。
「すみません、いらない箱ってあります?」
「ああ、あるよ。ちょっと待ってて」
彼が机の下から取り出したのは、隣町にあるレジャー施設のキャラクターが描かれた空箱だった。しかし稜は箱ならなんでもよかったため、気にせずそれを受け取ると、引き出しに詰め込まれていたお菓子を入れていく。
「君、何してるの」
普通の人ならなぜ稜がそうしているのか容易にわかるだろうが、里津は本気で驚いた表情を見せた。
「机の整理です。それから、僕の名前は葉宮稜です。今日からあなたのバディになりました」
自己紹介や上司の指示を聞いていなかったから、お前誰だと言っているような目を見せてきたのだと思い、稜は改めて名乗る。
お菓子が入った箱を、里津に差し出す。
「よろしくお願いします、木崎さん」
里津はしぶしぶその箱を引き取るが、心底嫌そうな顔をしていた。だが、次の瞬間には何かを閃き、上機嫌で自分の机の上を漁った。
「うん、これがいい。はい、これ」
稜は条件反射で里津が渡してきた紙の束を受け取った。
「なんです? これ」
稜はパラパラとめくる。
「今日中に提出しなきゃいけない報告書。君、私のバディなんでしょ? 私忙しいから、それ仕上げておいてね」
「おい、葉宮は今日来たばっかりなんだ。いきなりそんな仕事押し付けるなよ」
箱を渡してきた彼が、戸惑っている稜の代わりに言う。
「じゃあ若瀬がやる?」
若瀬と呼ばれた彼は、里津から目を逸らした。
「じゃあ、よろしくね」
里津は稜の肩に手を置いて作り物感満載の笑顔で言った。そして稜の反応を待たずに、箱を持って席を離れた。
「……はい?」
里津がいなくなってから、やっと反応した。やっと理解が追い付いたと言っても過言ではないもかもしれない。
稜は誰でもいいから説明をしてほしくて、とりあえず若瀬を見る。若瀬はため息をついて話し始める。
「そんな感じで、木崎は他人に自分の仕事を投げてくる。今までは俺がやってたけど……俺にも俺の仕事があるから、葉宮がやってくれるとものすごく助かるんだよね」
里津はなぜか自分のところに資料がたくさんあると言っていたが、それは自業自得というものだった。
それがわかって、稜は不満をあらわにする。
「……でもこれ、俺の仕事じゃないですよね」
「うん、ごめん。でも頑張れ」
初仕事としては納得いかなかったが、一番下っ端の稜がそれ以上の文句を言えるはずなかった。
稜は大人しくデスクに着き、里津に押し付けられた仕事に取り掛かり始めた。